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あの頃
夢を見た。繰り返し見る、幼い頃の夢だ。
あの頃私はいつも腹を空かせていた。母の用意してくれたお八つは痴呆の祖父母が勝手に食べてしまっていたから、学校から帰った私はひたすらに水で空腹を満たしていた。
幾ばくかの小銭は持たせられていたが、それは夕餉の総菜を買って置く為の物であり、己の空腹を満たすために使うことは赦されていなかった。
コツコツと時を刻む三本の針が決まった時間を指し示す頃、母が疲れて帰ってくる。
私は母のマグカップに珈琲を用意する。大きな瓶に入ったインスタントの粉を匙ですくい入れる。
いち、に、三杯。加糖のクリームは、大きく、に、杯。この加減を間違えてはいけない。慎重に、慎重に。
母が玄関の戸を開けるタイミングに合わせて保温ポットから熱湯を注ぎ手早く均一に混ぜる。
おかえりなさい。
と出迎える声に返ってくるのはいつも決まって、ああ、疲れた、という溜息だ。
まるでお前がいる人生に疲れた、と毎日宣告されているようだった。
己は母の重荷でしかないのだと、思い知らされるためだけの小さな奉公。
父について覚えているのは饐えた匂いと嵐のような暴力。
酒を呑み、女と遊び、暴れる。
物心ついて初めに覚えた、と認識しているのは、上手な叩かれ方。ほかにも遊びだったり言葉だったり、覚えたことはあったのだろうけれど、最優先所事項としては、いかに上手に身体が壊れないようにするか、だった。
なるべく身体を丸めておくことは基本として、吹き飛ばされる方向が大切だった。なるべく力の来るのとは反対の方向へ、自ら吹き飛ぶと衝撃が緩和されるし、襖や積まれた布団などの柔らかいものへ向かうと尚、良い。間違っても柱の角になど当たってはいけない。
打撲の痣は隠しようがあるけれど、出血は自宅の手当に限界がある。
母は病院へ連れていってはくれるだろうけれど、掛かった費用はまた、母の稼ぎから捻出されるのだ。
母の代わりに殴られながら、母の身を案じる私は、その頃、十ばかりであっただろうか。
小柄な父のふるう暴力は、幼い身にとっては生命の危機を感じさせるに充分であった。父に似て小柄な私は面白いように吹っ飛び、父を、祖父母を喜ばせた。皆、人生に退屈していたのかもしれない。
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