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テロ
(五)テロへと走る王公道
自動車による爆破でテロを行った王公道は、また別のテロを考案した。上海の地下鉄を狙ったのだ。
行動部隊はボツリヌス菌の入ったビニール袋を持って上海空港からリニアに乗り、そのまま地下鉄に乗り込んだ。そして日本のオウムがやったように傘で袋を破り、駅から逃走した。地下鉄は大パニックになった。
間もなく重装備をした防疫部隊が到着し、車内の消毒を行った。
その頃、王公道は陝西省にいた。まさか上海でテロを起こすとは誰も考えなかったことであろう。
その後王は中国国内を転々とした。信者にも居場所は分からなかった。
軍や警察の動きは速かった。周明教会の広州や陝西の拠点を瞬く間に捜索し、信者の多くを捕らえた。そして信者に非道な拷問を加えた。しかし誰も王公道のことは話さなかった。
それもそのはずで、王公道がどこにいるか信者でさえも分からなかったのだ。
「お前達周明教会は邪教(カルト)だ! 言え! 指導者は誰だ? お前達は国家に対する反逆だけではなく、殺人を犯しているんだぞ! 信仰を捨てたとしても殺人罪で死刑だ!」
その警察署には五人の警官と二十人ほどの信者が集められていた。信者は口々に言った。
「私が何をしたって言うの? 私達はただ神を信じているだけです。あなた達に危害を加えたことなんかありません」
「お前達周明教会は国家より邪教(カルト)と認定されたのだ。それに殺人も犯している。何の罪もない警察官や地下鉄に乗り合わせた乗客まで殺した。その上に我々共産党に対して敵対的だ。これで死刑にするには十分なんだ」
そう言って警察官は信者の一人の男性を警棒で殴りつけた。
続けて女性信者も殴りつけた。
「もっと殴れ、もっと殴れ」
殴られた信者は答えた。
「おまえ等アーメン野郎は狂っている。完全に狂っている」
その時、一人の私服の警官が言った。
「こいつらに口を割らせるもっといい方法がある。さあ、全員外へ来るんだ」
手錠と縄で縛られた信者は警察署の裏の空き地へ通された」
「我々は共産党の政府よりお前達を殺してもいいと言われている。だからここで死刑を執行する」
「裁判もせずにそんなことができるの?」
信者の一人の女性が叫んだ。
「それができるんだな」
そう言って彼女を正座させ、後頭部にピストルを突きつけた。
警官が引き金を弾いた。ピストルの鈍い音がしたかと思った瞬間に女性は倒れた。
他の九人は一斉に言った。
「殺せ、殺せ、我々は主の主、王の王の所へ行くんだ」
「そうか? それならばお望み通り殺してやろう。まあ、おまえ等の信じるキリストとやらがここで助けにでも来たら話は別だがな」
そう言って二人めの男性信者を座らせて後頭部にピストルを突きつけた。
鈍い発射音とともにその男性も倒れた。
こうして後三人になったところで、正座させられてピストルを突きつけられた男が叫んだ。
「わかった! 言う! 指導者は王公道だ! 我々は彼の指示に従ったまでだ!」
警官はその男の後頭部に突きつけられたピストルの銃口を下に向けた。
「なるほど。耶蘇と言えども命が惜しくなったか? では、その王公道という男はどこにいる?」
「分からない。本当に知らないんだ。奴は陝西や甘粛、そして広州なんかの教会に現れる。でもいつもはどこにいるかは分からないんだ」
男は命が惜しいとあって懇願するように言った。順を待っていた二人の女性信者がこの男を罵った。
「何てことを言うの? あなたは神を裏切るの? 私達は王の王、主の主の所へ行くのよ」
警官はその女性信者をピストルで殴りつけた。
(六)壊滅
中国政府の迫害は三自愛国教会や家庭教会にまで及んだ。教会堂は次々とショベルカーで壊された。家庭教会にも弾圧の手が及び、信者達は逮捕され、拷問を受けたり懲役刑を課されたりした。
当然、周明教会にも官憲の弾圧の手は及んでいた。
十字架の掲げられている教会は真っ先にダイナマイトで爆破された。そして十字架のかかってない地下教会にも弾圧の手が及んだ。
ここはまだ弾圧の及んでなかった地方の家庭教会である。誰かの密告で官憲の捜査の手が及んだ。
一同が礼拝している途中で地方の官憲がドアを破って入ってきた。
「近所の者の密告で、ここでアーメン野郎の礼拝が行われていると聞いた。全員国家反逆罪の疑いで逮捕する」
「私達が何をしたって言うんです? 犯罪は犯しておりません」
「アーメン野郎自体が犯罪なんだ。それから周明教会は犯罪を犯しているではないか?」
「我々はあの教会とは違います。何のやましいこともしておりません」
「指導者は誰だ?」
牧師と思われる男が手を挙げた。途端に官憲は彼を警棒で殴打する。
「よし、全員連行だ。周明教会以外の連中は信仰を捨てたら助けてやる」
全員が逮捕されて連行されると、家庭教会のあった家は爆破された。
「何てことをするんだ?」
そんな折、王公道は東北地方に身を隠していた。ここから韓国か日本へ亡命しようと試みていたのである。
そして愚かなことに王公道は空港に姿を見せた。
「奴だ! 奴がいたぞ!」
間もなく空港で警察官が手帳を見せ、「王公道だな」と言った。
王は咄嗟に逃げ出した。空港の中で追跡劇が始まった。
「いたぞ! 捕らえた!」
何人もの警官に押さえつけられて王公道は逮捕された。既に周明教会の幹部も逮捕され、地方の教会堂はみんな爆破された後のことであった。
そして指導者であった王公道は警察へ連行された。
*
ここは北京にある国家転覆罪などを取り締まる警察署の中。ここに王公道はいた。
「お前はなぜ取り調べられているか分かるか?」
「分かる。キリスト教徒だからだ」
「それは違うんだな。いいか? お前の罪は殺人だ。北京と上海でテロをやっただろう? テロはウィグルの連中の独占物だと思っていたらアーメン野郎もやるんだなあ」
「ああ、確かに妖魔共産党を壊滅するために我々は武器を取った」
「妖魔はお前ではないか? 人が何人も死んでるんだぞ。それからさっきこの男の言った『妖魔共産党』という言葉もしっかりとメモっておけ」
「お前は洪秀全にでもなったつもりか?」
すると王公道は「はははは」と笑いだし、言った。
「俺は洪秀全だ。妖魔共産党を倒してキリストの王国を作るんだ」
「ならば洪秀全のやった偉業を言ってみろ」
「ああ、彼、否俺は天朝田畝制度を行い、土地を平等に分け与えた。農村で支持を得た。妖魔清王朝、否共産主義者を撲滅し、地上天国を作るために神から召されたんだ」
「こいつ、頭がおかしいのか? 天朝田畝制度などお前達は行わなかったではないか?」
「では聞くが、地方と都会の格差を共産党はどうやってなくすんだ?」
「それは政治の問題だ。おまえ等宗教家のタッチすることではない。それからお前のやったことはキリスト教からも離れているではないか? イエスとやらは人を殺せと命じたのか?」
「いや、しかし警察官は賄賂をもらっている。十分に殺すに値するんだ」
「それだけではない。お前は上海の地下鉄で無辜の民を殺戮した。いいか? お前の罪は国家反逆罪でも何でもない。殺人罪だ! この人殺しめ!」
「人が死ぬのは仕方がない。我々は清朝の八旗も殺した」
「お前は自分が洪秀全だという妄想に取り憑かれている。狂っている」
こうして王公道は北京と上海の事件の実行犯とともに略式の裁判にかけられた。死刑の判決が出た。死刑は処刑場で執行されることになった。
実行犯と王公道はロープで繋がれ、後手に手錠をかけられ、全員正座させられた。
「今から国家反逆罪及び殺人罪の罪で、これら十人に死刑を執行する」
警察官は腰からピストルを抜いた。十人の実行犯が次々と撃たれ、王公道は最後に処刑されることになった。
「言いたいことがあったら言ってみろ」
一人ずつそう言い渡された。中にはお祈りをする死刑囚もいた。しかし王公道は違っていた。彼は叫んだ。
「太平天国万歳! 妖魔共産党員め、地獄へ落ちろ!」
官憲は呆れて言った。
「こいつ、自分が洪秀全だという妄想に取り憑かれている。気が狂っているのだ」
一人撃たれ、二人撃たれ、仲間が次々と処刑される中で王公道は叫んでいた。
「清王朝以上の悪鬼、妖魔共産党め、神の怒りが下るぞ!」
すると官憲の一人が言った。
「おい、こいつを黙らせろ!」
別の官憲が王公道の口を塞いだ。それでも王は絶叫し続けた。
「俺は洪秀全だ! 悪鬼共産党の悪事、ここに極まれり!」
そして王公道の処刑の瞬間が近づいてきた。
「さあ、いよいよお前の番だ。何か言い残すことはないか?」
王公道は叫んだ。
「太平天国万歳!」
次の瞬間、官憲が王公道の後頭部を目がけてピストルを発射した。
こうして周明教会は完全に終わりを告げたのである。
了
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