一華

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一華

あの日から一華は眠る前に白檀のお香を寝室で焚くようになった。 時間をかけながらゆっくりと部屋中に広がっていく、甘く、だけど嫌味が無いどこか品のある香りは冷たい箱を優しく包み込んで温かみのある空間へと変えていった。 「一華、この香りは…?最近毎日するみたいなんだが…」 寝室へとやってきた遼太郎が言葉を掛けた。 「白檀です。リラックス効果があるみたいだから焚いてみたの。もし遼太郎さんの気に触るなら止めますが…」 遼太郎はふっと軽く深呼吸した。 「いや…悪くない香りだ。俺も仕事で毎日気が張っているしいいんじゃないか?」 そう言ってゆっくりとベットの中へ入っていった。 相変わらずそれ以外の会話は無く、一華とは反対の方向を向いて横になっている。 (良かった…) いつもは胸を締め付けられる遼太郎の冷めた態度も今は…。 ◇◆◇ 「父さまにお話があります」 いつぶりだろうか? 今日は隆志、遼太郎と共に食卓を囲んでいた。そんな席で一華が口火を切った。 「…久しぶりの団欒だ。そんな場で話をしなければならないような事なのか?」 口元へ運ぼうとしていた箸の手を止めた隆志が一華を見据えて低い声を上げた。 「…はい。なかなかお時間を取っては貰えないので無礼を承知でお話したく思います」 「…分かった。話してみろ」 隆志にとっての団欒とはただ食卓を囲んで遼太郎と仕事の話をする事。 理華子が亡くなり遼太郎が東條家の一員となってからの隆志は遼太郎にばかり気を止めていて一華の存在は在って(あって)無いようなものになりつつあった。 一華は娘で、遼太郎は例え婿養子であっても息子…。隆志にはそれが全てだ。東條グループの跡継ぎはあくまで男子(だんじ)でなくてはならないという代々受継がれて来た歴史が一華に重くのしかかり、それこそが理華子への冷遇の所以(ゆえん)で一華へと通じるものとなってしまっている。
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