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アンティークの柱時計の振り子の音が部屋中に響き渡る。
「…一華…俺は前にも伝えただろう?子どもは授かりものだから作ろうと思って作る様なことはしたくないと」
振り子の音を遮る遼太郎の言葉が耳の奥まで冷たく広がっていく。
「また不妊治療の話がしたいのか?俺に協力しろと?」
◇◆◇
結婚して三年程経った頃だった。
その頃はまだそれなりに体を重ねて愛を確かめ合っていた二人ではあったけれど、天からの恵を受けることはなく時間だけが悪戯に過ぎていった。
『遼太郎さん…不妊治療ってご存知ですか?』
『ああ。知っているよ。それがどうかしたのか?』
『子どもを授かることなく三年が経ちました。もしよろしければ不妊治療を一緒に受けて貰えませんか…?不妊治療って女性だけが受けるよりも夫である方と一緒に受けた方がいいみたいで』
『…一華。君の気持ちは良く分かったよ。だけど俺は不妊治療は一緒に受けられない。東條の跡取り息子が不妊治療をしているだなんて事が分かってしまえば鼻で笑われて格好のネタにされるだろう?』
東條の跡取り息子。
遼太郎にとってはその肩書きと地位が何よりも守らなければならないものである事を一華は知っている。
彼も名の知れた企業の子息ではあったが、その名を知らないものはいないのではないかとすら言われている「東條グループ」には遠く及ばない。
遼太郎は東條グループ代表取締役会長である一華の父、東條隆志に見初められて婿養子として東條グループの一員になったのだから…。
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