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冷たい涙
「それは一体どういう意味…?」
今にも消えてしまいそうな声が虚しく響いていた。
「そのままの意味さ。病院にもあるんだろう?提供された子種が。厳選された質のいい物を選べばいいじゃないか」
最後まで言葉を聞いた時、一華は自分の胸の内に秘めていた思いの全てが溢れ出てきた気がした。
(…この人か愛しているのは私なんかじゃない…東條一華というブランドなんだわ…私の事なんて少しも…)
「…ごめんなさい。もう二度とこのお話はしません…先程の言葉は…聞かなかった事にします。私は…寝室の方へ行かせて貰いますね…」
「ああ…分かったよ」
腕の中から抜け出た一華は遼太郎と目を合わせる事無く足早にその場を立ち去っていった。
先程堪えていた感情が激しい波となって押し寄せてくる。
気付いた時にはもう…泣いていた。
(私は…一体何だというの?お飾りの存在でしかないというのなら、私はあの人にとっていつも身につけている腕時計やブランド物のスーツと大差ないじゃない!)
押し殺された声、ぐしゃぐしゃになってしまった顔…こんな惨めな姿になったのはいつぷりだろうか?
常に張り詰めた空気の中で過ごし、絵に書いた様な良き妻を形にしてきた一華にとって思いのままに感情を露わにする事は許されるものでは無かった。
いつだって本当の感情には蓋をして、「東條一華」という人間であり続けてきたのだから…。
寝室という名の冷たい箱の中にある温もりを失ってしまったベットは涙の雫で哀しみのシミを幾つも残していく―――。
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