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「ん……っは! 夕菊!!」
「おや、お目覚めのようだね。朝菊くん」
薄暗い部屋に光が入る。そこにいたのは例の人だった。小銭を拾い、肉まんをくれた人。
初めて会ったときと同じ、慣れ親しんだような話し方をする。知り合いではないと思っていても、もしかしたらと頭が錯覚する。
今度こそ聞こうと思った。でもそのまえに、体が縄で縛られていたことに意識を持っていかれる。
周りを見てみると、廃墟のような場所だった。石でできた床と壁。ドアや窓があったであろう空間。建物の形や様式からみて、ここはどう考えても北海道じゃない。ましてや俺の生まれた世界じゃない。
「ここはどこだ」
「華仙郷のどこか、とでも言っておこうかな。本当は拠点に帰りたかったんだけどねぇ。君のお仲間のせいでここから出られないんだよ」
「仲間……?」
“ゴンッ!!”
外から轟音が聞こえた。俺らがいる建物も揺れて、埃が落ちる。振動と破壊音は次第に大きくなっていった。なにかが近づいている。それだけはわかった。
縄が解けないか試してみる。しかし、びくともしなかった。足もピタッと揃えられて縛られているせいで、立とうにも立てない。
「目的は……俺を捕まえてどうするつもりだ。なんで俺の名前を知っていたんだ」
「あれ? 朝菊くん、もしかして知らないの? 自分が何者なのか」
足と傘を鳴らして歩く。寝ている俺の近くまで来て、傘の先を使って顎を下からぐっと押された。この人の顔が見えるように無理やり。
深淵のような目を見たときようやく頭の処理が追いついた。この人は知り合いじゃない、俺の敵だ。
「それじゃあ教えてあげよう。君の役割を」
じとっとした汗が額から流れる。
「君は……」
“おりゃぁぁぁぁあ!!!”
石の天井を破ってなにかかが落ちてきた。いや、だれかと言ったほうがいいかもしれない。漂う気に身に覚えがあった。
「蓬木!」
「ゴッホゴホ……蒲さん、どうしてここに」
「説明はあとだ! 逃げるぞ!!」
小刀を使って、手際よく縄を切る。粉塵が立ち込めるなか、この部屋から脱出した。
外に出ると周りには高い塀が築かれていた。後ろを振り返るとさっきまでいた廃墟のが見えた。瓦屋根の小さなお寺のようで、欠けた狛犬が鎮座していた。山の窪地に作られているせいで、遠くの景色が見えない。ここがどこかも推測ができなかった。
外で待機していた資文さんと合流して逃げる。
「どうしてこの場所がわかったの」
「陛下の能力だよ。華仙郷にお前が入った地点がおかしいのに気づいたんだ。甲級結界師も他のみんなもいる。絶対に帰るぞ」
上を見上げると半透明の紫色をした結界がこの寺院全体を囲むように作られていた。敵はあいつひとりだけではないらしく、四方八方から戦闘の音が聞こえる。
一般的に結界を解けるのは結界師だけ。中にいるものは陣を使っても抜け出せない。逃げる選択肢はなく、必然的に戦っている。
「見えた! あそこだ!」
資文さんが指さすところに結界師の人がいた。おれらを目視すると、陣を展開させた。
“ピー”
山岳用の笛のように、けたたましい高音が鳴った。これが撤退の合図。他のメンバーが一斉に集まってくる。同時に結界も解除された。
「朝菊! 心配したよ!!」
「感動の再会はあと、みんな陣に入って!」
走る勢いをころさず、陣に向かって走る。全員が通れるほど大きな陣を見たのは初めてだった。これなら大丈夫……。
「逃がさないよ!!」
上空から傘を構えて襲撃してきた。威圧するような気は身をすくませた。狙いが俺だってわかっているから、なおさら走る足がもたつく。
——間に合え……! あともうすこし!!
心臓はとっくに限界を迎えていた。ひとり、またひとりと陣をくぐる。俺も追いつけと必死で足を回す。
あとちょっとだったんだ……。
“ポタッ”
赤い血が流れた。俺じゃない血を全身に浴びた。
「早く……行け……!!」
結界師の人の背中から傘が突き出ている。自分を犠牲にして俺を助けてくれた。至近距離だったため、顔がよく見えた。それは中元節で持ち場に行かせてくれたあの人だった。
足がすくんだ。恐怖で一歩も動けなかった。早く行かないとこの人の犠牲が無駄になる。そんなことわかっているのに体はいうことをきかなかった。早く……動け……!
「俺に……任せとけ!!」
“ブオン”
陣符を背中に貼られた。その瞬間、足が軽くなった。
判断は早かった。脱出用の陣に向かって全力で走った。本当はなにかあの人に声をかけたかった。ありがとうでも、すみませんでもない。もっと違う言葉な気がしかけど、出てこなかった。命の恩人の最期にかける言葉が見当たらなかった。
「しぶといなぁ」
「ぐはっ!」
傘を抜いて、そのまま頭を殴られて倒れた。それでも歩き出す敵にしがみついた。
「びびってんのか……結界張るぞごら」
最期の足掻きのお陰で陣をくぐれた。他のメンバーも全員入り、残されたのは彼だけだった。陣の奥から狂ったような高笑いが聞こえた。死ぬというのに、清々しい声だった。
そして、陣の接続が途絶えた。
◯
帰ってきたとき、受付にいる数名の結界師が泣いていた。声を押し殺して、すすり泣く声が頭から離れない。
——俺のせいで……。
俺らは陛下の司令で、そのまま王室へ急いで向かった。返り血が床に落ちるのも気にする暇はなかった。朝顔の安否やこの事態が心配で気が気じゃなかった。
扉を開けて中へ入る。いつもの礼儀をしようとするのを陛下がとめる。横一列に並んで陛下と向き合う。
「まずは朝菊奪還作戦、見事じゃった。いろいろと労いと弔いをしたいのじゃが、そんな時間はない。わしが第零班全員を向かわせるのを読まれていた。今、北海道に“災害”が起きておる」
災害、それは天鬼が引き起こす最大レベルの被害のこと。通常ならば異常気象で済むが、災害レベルになると無作為に人の気を奪う。気を奪われた人間はすべからく死ぬ。
それだけじゃない。災害によって発生した天気に巻き込まれて死ぬ可能性だってある。それを救えるのは俺ら気象師しかいない。
「任務にあたるまえに、朝菊に問う。お主も参加するか否か。選ぶがよい」
陛下の意図は読めた。敵が俺を狙っている状況で任務に行くかどうか。もしまた攫われても、助かる保証はない。殉死者が出るかもしれない。それなら蓬莱仙国に隠れているほうが迷惑はかからない。
感情に任せないで、しっかりと頭で考える。俺ひとりのわがままでみんなを死なせられない。
答えはまとまった。これでどんな結果になっても後悔はない。
「行かせてください」
気象師として、兄としての責任がある。ここで怖気付くほど、やわじゃない。たくさんの人が繋いでくれた命を無駄にしないために、俺は俺に意味をもたせる。
陛下はにっこりと笑うと、すぐにスイッチを切り替えた。
「石狩地方で大規模なゲリラ豪雨が発生。冠水、停電の被害報告あり。また、札幌中心部で落雷を検知。第零班につぐ、総員で対処せよ」
「「御意!!」」
◯
“分厚い雲に覆われて夜のように真っ暗です!”
“緊急避難警報発令中です。以下の地域の住民はただちに避難してください。江別市、千歳市、恵庭市、北広島市、札幌市中央区……”
“見てくださいこの風! 傘をさすこともできません!”
“強い竜巻だと毎秒一〇〇メートル近い風が吹くのですが、これは僕が飛ぶくらいの強さです”
“速報です。警戒レベルが四に引き上げられました。速やかに避難してください。繰り返します……”
血塗れの服を脱ぐ。戦闘服を身にまとう。緩みがないか確認する。仙器を腰に入れる。
いつもの作業をしているとほんのちょっとだけ落ち着いた。冷静になったおかげで、背中の紋章を再認識する。これはただの柄じゃない。
“パチン!”
背負う覚悟を決めて、両手で顔を叩いて気合いを入れる。もう俺はお荷物じゃない。ここにいる仲間と同じ気象師だ。
「天気の加護があらんことを」
自分の胸に言い聞かせる。責任と期待を背負って。
◯
札幌はまさに地獄だった。道路は冠水してマンホールから水が溢れていた。それのせいでインフラが麻痺し、動けなくなった車があちこちにあった。
駅は帰宅難民と避難してきた人でごった返していた。こっちの天気予報も異常事態に対応できなかったらしい。
「うわー雨すごいなぁ。これぜってぇ天鬼いっぱいいるよ」
「懐かしいな。それがしが駆け出しのころを思い出す」
「あ、今光った。一、二、三……」
「おい大安、のんきに距離測ってんじゃねぇよ」
「え! 距離って光でわかるの! ねぇねぇどうやるの?」
白いオブジェから外に出て、雨が当たらないところにいた。横一列に並んで堂々としているけど、現実だったら相当邪魔な場所だった。
「雨かぁ……私、役目ある? 膝痛いし」
「じゃあ私たちはお茶でも飲んでましょうか」
「ちゃんと仕事しないと」
雨は止む気配がない。市民に被害がでるまえに討伐しないといけない。いつもだったら避難する側だったけど、今日は違う。
ヒーローを気取るわけじゃないが、被害者ずらする気もない。
「いけそうか」
「もちろん、相棒がいるから」
拳をコツンと合わせる。
「第零班、散!!」
湖陽さんの合図でそれぞれの持ち場に向かう。天鬼を討伐次第、他の助太刀に行く流れだ。おそらく、一番被害が大きい大通にみんな集まってくるはず。
その大通を担当するのが俺と蒲さん、資文さんと湖陽さんの四人だ。
「いたぞ!」
大通に着いて早速天鬼を発見する。するが……。
「こ、こんなにたくさん……!」
目で見えた分だけでも十体はいる。それも全員体の構造が異なる。いつもみたいにじっくり観察して弱点を狙う余裕はない。出会ったら即座に倒していく、乱戦の技術が必要になる。もちろんそんな経験はない。
ここにいるほとんどの天鬼が水徳だった。この雨の量を見れば納得する。ほかにちらほらと金徳と土徳がいる。あそこを倒せば、雷や地盤沈下の恐れがなくなりそう。
「二人一組で行動してください。それでは行きますよ!」
「「おう!!」」
大通を中央で分けて、テレビ塔側を俺ら、反対側を湖陽さんたちが討伐することになった。まずは近くにいた天鬼に狙いを定める。
蒲さんが素早い動きで翻弄して、俺が好きを見て切り込む。まるで数十年もコンビを組んできたかのように無駄のない連携であっさり倒した。
「ナイス蒲さん!」
「蓬木もな、次いくぞ!!」
それから一体、もう一体と倒していく。出だしは順調だった。途中で他の天鬼が乱入してきて食われそうになるも、蒲さんが助けてくれた。
蒲さんがピンチのときは俺がサポートし、俺が攻撃を狙うとき蒲さんがが土台になってくれた。乱戦の経験はなくても、今までの経験が体を動かす。
たった数ヶ月だけど、その数ヶ月はだれよりも濃かった。
「蓬木危ない!!」
跳躍したあとの落下を狙われた。すぐそこに鋭利な爪が迫っている。
おそらく昔だったら戸惑って目を瞑るだろう。そう考える暇があるほど、冷静に敵の動きを見ていた。
「せいっ!!」
空中で体をひるがえして切り込み、腕を落とす。すかさず蒲さんが双水で仕留める。
あっという間に数は減っていった。大通付近にはもういないだろう。別の区にまだ残っているが、それもすぐに終わりそう。想像以上になにもかもがうまくいった。攻撃、サポート、連携など、敵に有利な状況を作らせないで制圧できた。
他のメンバーの無事を祈って、残党がいないか確認する。
「いやーさすがだねぇ」
気配もなく唐突に現れた。俺を誘拐したあの男だ。傘をさしながら優雅にベンチに座っている。わざとらしく「感心感心」と頭を縦に振っていた。まるでずっと観ていたような口ぶりだった。
今回は仙器がある。前回みたいなへまはしない。
ぐっと腰を落として構えたとき、雨が和らいだ。ゆっくり呼吸して、気を溜める。
「へぇーやるんだ。大人しく帰ったほうがいいと思うけどなぁ」
「俺はもう逃げない。お前が何者か知らないけど、どうせ逃げても追われる。それにこの天気がお前の仕業なら、気象師の名にかけてお前を倒す!!」
“ピシッ”
男は傘を閉じた。まるでシャワーを浴びるように天を仰ぐ。その異様な光景に首を傾げる。なにが目的なのかわからない。迂闊に飛び込めず、距離を保っていた。
雨がさらに弱くなったそのとき、ふたりの間に空き缶が飛んできた。
“カンッ”
戦闘開始の合図がなった。お互い一気に距離を詰めて、斬りかかる。ギリギリで避けて、斬りあげる。それもすかされ、腹に蹴りが入った。
怯んでたまらず後ろにさがる。やはりあの威圧するような気といい、ひと筋縄ではいかなそうだ。
剣を構えようと顔を上げたとき、傘の先端が飛び込んできた。
「甘い!」
横から飛び出してきたのは蒲さんだった。超低姿勢から傘を蹴り上げて軌道をそらす。
とっさの出来事にも動揺せず、隙だらけの胴体に斬り込んだ。それと同時に蒲さんが足を刈る。
曲芸師のようにひょいっと軽々避けられた。おまけに距離も空いて攻撃の隙がない。仙器を持ってたら倒せると思っていたが、まったく当たらない。ふたりの連撃でさえかわされる。
「朝菊! 大丈夫か!!」
「おじさんたちの相手は私なの」
「ようまた会ったな、洪水女」
「くそが! どけ!!」
機会をうかがっていたのか、疲弊したタイミングで現れた。ひとりは朝顔を襲った岩石女。もうひとりは加勢しようとしてきた資文さんたちを遮った。
仲間が分断されてしまった。さっきまで一緒に戦っていた蒲さんは遠くに引き離された。
ということは、俺が一対一で戦わないといけない。体術も仙器も通じないあいつに勝てる確率は極めて低かった。
「蒲さん!!」
「人の心配する余裕あるのかい?」
重たい傘の一撃が腕に伝わる。剣で防いだけど、力負けしそうだった。見た目からは想像できないほどの力がのしかかる。このままだと剣が折れるか、力がなくなるのどっちかだ。
剣を右にそらして、傘の軌道をずらす。相当力が入っていたのか、地面にどさっと突き刺さる。この隙に、一撃を……。
「残念でした」
地面に刺さった傘の先を支点にして、逆立ちをした。次の瞬間、傘が開いて足を直撃。バランスを崩した俺にたたみかけるように、上から突き刺すように膝を入れた。
「ぐはっ……!?」
* * *
「逃げてばっかりじゃん! ねぇ遊ぼうよ。いーでしょいーでしょ」
土徳の女には攻撃せず、距離をとっていた。敵の目的は戦力の分散、個々の勝ち負けは関係ない。全体の様子をかがいつつ、蓬木に近づく。
でもなかなかそれをさせてくれない。おそらく私の意図も伝わってる。落石が邪魔でどんどん離れてる。変にここで気を消耗すると、あの傘と戦えない。かといってこいつとずっと遊んでいる暇はない。
一秒でも早く加勢するために、ここなら仙器を使って……。
「させないじゃん」
急接近からの蹴り上げが顔をかすめる。しかし、本命はこれじゃなかった。上空には大きな岩があった。ときすでにおそく、重力に従って私の体にのしかかった。
「ゔあぁぁぁぁ!!」
みしみしと体が悲鳴をあげている。岩肌の凹凸が皮膚を抉る。
あいつが岩を気でコントロールしているせいでびくともしない。気を練ろうとするが、上からの圧迫で丹田に力が入らない。
「もう一個サービスじゃん」
「ゔぅ……あっぁぁ……」
「これ、高速回転させたら面白そうじゃん!! それじゃ……」
頭の中で高速に思考を巡らせる。策を思いつてもそれは不可能だと思い知らされる。これも無理、あれも無理。まるでエラーが出たコンピュータのように脳内は“不可能”で埋め尽くされる。
早くなんとかしないと、意識が飛んでしまう。なにかないか、なにかないか……。な……にか……。
「チェスト!!!」
急に体が軽くなった。視界が晴れて雨が当たっている。軋む体に鞭を打って起き上がる。私を庇うように立っていたのは智明だった。
彼の手を借りて立ち上がる。少し骨をやられてしまったようだ。呼吸をするたびにズキズキと痛む。こうも雨が降っていると、回復陣を展開するまえに陣符がダメになる。痛いのを我慢して、呼吸を整えて気を循環させる。
彼の登場であいつも察したらしくこちらをうかがっていた。間もなくしてほかのメンバーが集まってきた。これなら状況を立て直して、朝菊に加勢できる。
あと来ていないのは李徴と藍藍のふたりだけ。
「桃華、じっとしてて。私が回復する」
「ああ、すまない……」
“ドオンッ!!!”
轟音とともに李徴と藍藍がやってきた。想像していた登場方法ではなく、地面に叩きつけられながら私たちのまえに現れた。
すぐに近寄ってふたりを助ける。呼吸はあるけど意識がない。生々しい傷跡に泥水が入る。
私の回復よりふたりの回復を優先させた。今まで大怪我することはあっても、意識不明になるまでやられたことはない。彼らを知っているからこそ、この事態の重大さに気がついた。
「全然大したことねぇな。肩慣らしにもならなかったぜ」
「あ、震じゃん! おーい!!」
岩石女が指差したほうには仲間らしき男がいた。見上げるほどの高さで浮いていて、仁王立ちしている。黒と金の半纏に腰紐をして、右側をさらけ出していた。いくら私たちでも空に浮かぶのは不可能。能力なのか、それとも人間じゃないのか。ふたり相手に傷ひとつついていない姿に恐怖を感じた。
形勢逆転と思っていたのは幻だったらしく、不利な状況なのは私たちのほうだった。第零班の班員十人に対し、ふたり戦闘不能、三人戦闘中、ひとり負傷。香美は武術にも長けているが、能力の効果が雨で大幅に下がっている。
なにも問題なく戦えれるのが大安、無咎、智明の三人だけ。対して敵側は土徳の女と正体不明の男のふたり。
「人数でゴリ押したほうがいいんじゃねぇか?」
「私もそう思う」
珍しく無咎と意見があった。思い立ったが吉日、すぐに行動に移した。
能力の知れている土徳の女から仕留めていくのが安牌。今度は距離を離さず、超至近距離で攻撃を繰り出す。こうして相手に能力を使う暇をあたえない。そこに水の気で一撃の威力をあげる。ガードしてもかすっても多少はダメージが入る。
正体不明の男は大安と智明に任せた。香美は回復に専念している。
——早く倒して、加勢しないと……!
低空姿勢かと思わせといて、重心を移動させる。首裏に目掛けて裏拳を叩き込む。
怯んだ隙にその場で回転して、顔面を貫くように一撃を入れる。無咎はそれを察して、首裏をラリアットした。
決まったかと思った。空振るまでは。一瞬の判断でしゃがみ、私らの腹に手を当てた。
「砕岩っ!!」
高密度の高威力の気を放出した。ふたりとも攻撃をしている最中だったせいで、回避をする余裕もなく、吹き飛ばされた。
丹田に近い部分をやられた。手足の損傷よりもここを負傷するほうがまずい。気を練れなくなるだけじゃなく、体に力が入らなくなって……。
「おい湖陽! こいつらいくら倒しても倒しきれねぇぞ!!」
「私に言われても! 術者がいないんです!!」
「あ、あ……」
「しゃべらなくていいのよ。李徴は休んでて」
「あいつに……気を使っちゃだめだ……!!」
「渦雷!」
「土崩瓦解!」
「反」
雨の音をかき消すほどの爆発が起きた。あたりに爆風と水飛沫が飛んだ。それだけじゃない。大安と智明も消しカスのように吹き飛んだ。大通公園の地面を転がり、植木に背中をぶつける。
削られる戦力。相手はまだ傷ひとつついていない。
もう少し雨が上がれば、香美の能力で打開できるかも知れない。でもそれこそ天気次第。天鬼を倒した余波がいつ治るかわからない。
そんな不確定に頼るのは天鬼予報のときだけでいい。
「くそ……蓬木……だいじょ……」
頭を鷲掴みにされ持ち上げられていた。
力なくふらふらと揺れていた。ボロボロになった戦闘服がはだけている。あの傘でなにをどうやったらあんなに傷がつくのだろうか。
「なんで……どうして……」
それが人だからこそ、知り合いだからこそ、生々しく目に映る。まるで魂を取られたようにぶら下がる彼は私の知っている彼なのか。違うかもしれない、そう現実逃避をしたがっている。
“ドクン”
「許せない……」
“ドクン”
「殺してやる……」
“ドクン”
「……」
“ドクン”
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