【第十三天 瘋狗(フォンゴウ)】

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 * * * “ブオン” 「この感じ……まさか!!」  身に覚えのある気圧を感じた。その圧力に負けたのか、俺らを襲っていた人間がバタバタと倒れた。間違いない。周りの気を異常に吸収して、さらにそれを体内で増幅させている。並の人間はそもそもできないし、できたとしても丹田が破壊されて即あの世行き。  これができるのはあいつしかいねぇ。 「(バオ)()……」  その異名どおり、人とは思えない咆哮が聞こえてきた。離れている俺らでも耳を塞ぐほどだった。声が空気を振動させて、空気が気を振動させる。  ようやく咆哮が終わり、ゆっくり目を開くとあいつがいた。  (バオ)()こと、(プー)(タオ)(ファ)は極限状態になるともうひとつの能力を解放させる。本来の(すい)(とく)ではなく、()(とく)に性質が変化する。  通常、丹田の作り的に二属性は不可能といわれている。(あずま)の世界にある、四輪の乗り物も燃料が決まっているように、それぞれ適した構造をしている。でもあいつはそれを……人智を超える。  全身に炎をまとい、歩いたところは灰しか残らず、あたりに天変地異を起こす。  この姿を見たものはこう呼んで恐れていた。 「(フォン)(ゴウ)」  地面を蹴り、真っ直ぐ敵に向かう。雨が降っているのに、地面に火が残っている。  (あさ)()を掴んでいる腕を狙い、彼を救出する。この状態になると理性も働かなくなるため、相手を消し炭にするまで動き続ける。周りのやつがちゃんと見てないと、怪我人どことか一般人に被害が及ぶ。今日とおなじ災害レベルを引き起こす。  這いつくばるような低姿勢から、切り裂くようにダメージを与えていく。普段のカウンターやフェイントを多用する戦法が一変し、獣のような乱撃を繰り出している。そこに戦略もなにもない。  近くに寄って(あさ)()を回収する。火徳の俺でさえ、(フォン)(ゴウ)の業火に怖気づいてしまう。でもそんなこといっている暇はない。  (あさ)()(シャン)(メイ)のもとへ連れていく。ひどく弱っていて、呼吸も浅い。 「こ、これが噂に聞く(フォン)(ゴウ)……!」 「ヴァァァァァァ!!!!」  一瞬たりとも目が離せなかった。別に応援しているわけじゃない。こっちに飛び火しないか注意しているだけ。  見た感じ、(バオ)()が優勢だった。相手は傘を振る暇も、体術を決める暇もなかった。ただただサンドバッグのように殴られた方向に飛んでいく。  「くそっなんだこの炎!! まとわりついて離れない!!」 「ガァァゥゥ!!!」  このチャンスを逃してはいけないと、本能的に感じた。仙器を手に取り、すっと立ち上がり、ゆっくりと前に歩き出す。  怖くないといったら嘘になる。けど、仲間が命を削っているのに、黙って見ているほど……。 「廃れてねぇよなっ!」 「もちろんです」  すっと現れた(フウ)(ヤン)を横目で見やる。 「俺も……いけるぜぇ……」 「あ……あたしも……!」  (リー)(ゼン)(ラン)(ラン)が地面に手をついて体を起こし始めた。まだ完全に回復しているわけじゃなく、(シャン)(メイ)が止めに入る。それでも彼らはまっすぐ敵を睨んでいた。やられたらやり返す。そんな情熱をふつふつと感じた。  ため息をつきながら頭に手を置く(シャン)(メイ)。 「まったく、バカしかいないのね。わかったわ」  仙器を取り出し、すっと息を吸って止める。横一線に払うように、溜めた空気とともに練った気を撒き散らした。細かい粒子の気はほのかにお香の香りがする。これが(シャン)(メイ)の能力。手を握ったり開いたりして、まとわりつく気を確認する。 「この雨だから効果は短いわ。持って三分ってところ」 「三分もあれば十分よ!」 “ガチャ”  仙器を構える音が揃った。  それが合図となり、一斉に飛び出した。  敵はふたりに対して、俺らは七人。手負いとはいえ負ける気がしなかった。  (リー)(ゼン)の助言で体術に自信ある俺や(ウー)(ジョウ)で謎の男を狙う。逃げ道をなくすように、囲いながらじわじわと攻めていく。  正面から突きや蹴りで牽制し、隙を見て(ウー)(ジョウ)が足をかけ、体勢を崩す。連携はバッチリだった。しかし敵も甘くない。空中に浮いて俺らの攻撃をやり過ごす。 「卑怯だぞ! 降りてこいクソ野郎!!」  ちらりともうひとりの敵を見た。向こうも向こうで苦戦しているらしく、あたりが岩で埋め尽くされていた。 「あ、それなら……」  近くの岩を砕いて、その破片をもち、大きく振りかぶった。  球のように雨を切って飛んでいく。上空のあいつに当たれと願い岩の軌道を見守る。しかし、最も簡単に避けられてしまった。 「こんな子どもだまし、万策つき……」 「よそ見してんじゃねぇ!!!!!」  敵の目の前には(ウー)(ジョウ)がいた。そう、岩なんぞただの囮にしかすぎない。俺の仙器である大戦斧にあいつを乗せ、吹っ飛ばした。  両手を硬く握り、上から下へ、謎の男の頭めがけて振り下ろした。 「空にいるなら、そこまで届かせるまでよ!」  泥水を跳ねさせて敵が落ちてきた。不意打ちだったらしく、派手に顔面から叩きつけられた。  追撃しようと構えたそのとき、目の前に岩が降ってきた。 「(ゼン)やばそうじゃん」 「お前こそ……」 「ふたりとも、もう行くなの。時間がないの」  ふたりの背後に新たな人物が現れた。背の小さい少女のような姿。あいつらの反応からして仲間であることは間違いない。  やられるまえにやる、そう思ったのも束の間、爆発するように煙幕が撒かれた。むせているうちにやつらは消えてしまった。 「逃げられましたね」 「それなら都合がいい。さっさと(バオ)()の加勢に……」  全員が息を呑んだ。加勢しようという意思が合致してしまったからである。でもその必要は無くなってしまった。  敵に馬乗りになった彼女は、燃え尽きていた。  拳を構えたまま、微動だにしなかった。まるで燃え尽きる炭のように、かろうじて形を保っていた。全身を覆っていた炎は消えており、ところどころ焼け跡のように小さな火が残っているだけだった。 「そういか! あのとき……」  (ウー)(ジョウ)が大きな独り言を発した。岩女との戦闘で、ふたりは丹田付近をやられたらしい。それが本当なら、通常に比べて気の循環がおこなえず、短時間で燃え尽きたのにも納得がいく。 「それでもあんな火力が出せんだな……恐ろしいぜ」 「呑気なこといってないで、助けないと!」  下になった傘野郎が裏拳で(バオ)()の顔を叩いた。地面に倒れた彼女を踏みつけ、蹴り飛ばし、痛ぶっていた。  (あさ)()のときと同じように、頭を鷲掴みにして持ち上げた。まだ息があるらしい。ピクピクと手足が動いているのが見えてしまった。  それを見せつけるように向き直り、歪んだ笑みを浮かべた。 「いやー危なかったよ。あの一発が入ってたら死んでたかもねぇ。関心関心。噂には聞いてたけど、想像以上だった。まったく、どんな体の構造してるんだか見当もつかないよ。もしかしてなのかな? まあそんなことどうでもいいっか。消えちゃうのは惜しいけど……手を出したのは、そっちからだもんね。君たちもちゃんと見ておくといいよ。仲間の最期くらい、派手にしてあげるからさ」  目が鋭くなった瞬間、(バオ)()を上空に放り投げた。一気にテレビ塔の高さまで到達した彼女は、人形のように重力と空気抵抗にしたがっていた。  下には傘を構えたやつがいる。やつを中心にまわる陣は今までに見たことがなかった。それゆえに、心臓が急激に締め付けられた。 「(バオ)()!!!!!!」  俺の乾いた叫びは、雨に濡れて、地面に落ちた。  あまりの衝撃で体が動かない。足を踏み出せば助けられるかもしれない。でも、恐怖がこびりついて、全身を縛り付ける。こんなにも死を目の当たりにするのは久々だった。 「お願い!! やめてぇぇぇぇ!!!!」 「死ねぇ!!!!!!」 “リン”  唐突に鈴の音が聞こえた。こんな雨の中でも鮮明に、脳内に響くような音色だった。  曇天なのになぜか明るく、暖かな気が満ちていた。感じたことのない気だった。それなのに、体は自然と受け入れていた。細胞のひとつひとつが一生懸命取り込んで回復しようとしている。なにが起きたのかわからず、気絶するように唖然としていた。  唯一理解できたことは、緑の光を帯びた物体が目の前にいること。 「待たせた」  高速で舞い降りて、地面に片膝をつく。(バオ)()をお姫様抱っこで優しく支え、彼女の顔をすっと見つめていた。その光景は神々しく、周りにはえた植物の蔓がふたりを守っているようだった。それはまるで……。 「(ファ)(シェン)……」  おもむろに立ち上がり、俺らに近づいてきた。その足取りはとてもしっかりしていて、さっきまで重傷を負っていたとは思えなかった。それにボロボロだった戦闘服ではなく、植物柄の立派な漢服を着ていた。まるで自らの蔓から生成したように、凛とした気をまとっていた。  抱かれていた(バオ)()が震えながら腕を動かす。力なく彼の胸を叩いて微かに唇を震わせた。 「遅いよ……(よも)()……」  (バオ)()の言葉でここにいる全員が確信した。目の前にいるのが(よも)()(あさ)()であることを。  (バオ)()を地面に置き、蔓を生やして天井を作る。雨に濡れないように風向きを考えて角度をつけている。いつの間にこんな芸当できるようになったんだ。いや、そう簡単にできるわけがない。たとえまぐれでできる代物でもない。  (バオ)()の安全よりも(あさ)()の変わりように驚きを隠せない俺らのもとに、(シャン)(メイ)が走ってきた。 「ほ、本当に(あさ)()くん? さっき突然光ったと思ったら消えてびっくりしたのよ」 「いや、びっくりってもんじゃないですよ。感じたことのない気ですし、なによりその服装……見たことない模様が描かれています」  敵前というのを忘れ、彼に注目していた。すまし顔で首を傾けて返事をし、次の瞬間には凛々しい顔に戻っていた。 「みんな、今は時間がない」 「どういうことだ?」 「あっちの方角から大量の気を感じるんです。おそらく敵もそっちにいます。このままだと……」 “ドォォオォォン!!!!”  (あさ)()がさしたほうから地響きのような爆発音が聞こえた。  その瞬間、膨大な量の気、いや、水の気配が伝わってきた。人が作り出した水ではなく、自然界のそれ。一度に湖ほどの水が流れ出すなんてあれしかない。俺らの世界にもあり、災害にもなりゆるものといえば……。 「ダムが……決壊した!?」 「嘘!? でもどうして」 「議論しているよちはありません! このままだと、(とよ)(ひら)(がわ)が氾濫して、多くの命が危険にさらされます!!」  ダムが決壊したとなれば、そこに蓄えられていた水が一気に流れ出す。多少たり猶予はあるはずだが、あいつの言うとおり、もしそこに敵がいるんだとしたら、なにもしないわけがない。かといって目の前の敵を放置すると、それこそ街中で暴れるかもしれない。  今動けるのは(バオ)()以外。といっても怪我人が大半で戦力を分担しずらい。仮に半々に分けたとして、川の氾濫を阻止できるとは思えないし、手負いであいつと渡り合えるとも思えない。全員でどっちかに専念すれば対処できる可能性はなくない。でもそうするとさっきの問題が出てくる。  こうして考えているうちにも、災害が迫ってきてる。 「お話は済んだかい?」  (あさ)()の後ろにやつが立っていた。 “ブンッ!“  唐突に蔓がうねり敵の胴体を狙う。それは無意識なのか、意図してやったものなのか。いずれにしろ、俺の目は追えていなかった。  後ろに跳躍して蔓をかわした敵。臨戦態勢をとるわけでもなく、傘をさして悠々と俺たちを見ていた。まるで俺たちなんざ、敵でもなんでもないといわんばかりだった。  (あさ)()がゆっくり、やつと向き合う。 「行ってください。俺ひとりで大丈夫です」 「で、でも……」 「俺、この街が好きなんです。気持ちのいいビル風も、とうきびを焼く香りも、子どもたちがはしゃぐ声も。()(べつ)とは違った色が好きなんです。妹を守るためだけを意識していたのに、いつの間にかその域を超えていた。守ってやりたいと、心が鼓動するんです! それに、この街がなくなったら、妹が悲しみますから」  天気に似合わない、やけに涼しげな笑みは一瞬だけ周りの音を消した。  言葉が出ない俺たちに代わって、あいつが口を開く。 「結局妹しか頭にねぇな……このシスコンめ……」  蔓の中から出てきたのは(バオ)()だった。足を引きずって、吐息混じりに引き攣った笑みを浮かべた。  ジリジリと近づいて(あさ)()の肩にもたれかかった。歩けているのが不思議なくらい、目を背けたくなる姿だった。  (あさ)()が手を貸そうとしてもそれを振り解いた。ゆっくり深呼吸し、言葉を発する。 「お前ひとりでどうにかなるわけねぇだろ。それに、勉強不足だな(よも)()……私はまだ戦える。遠慮すんじゃねぇよ、相棒」  そういって手を握った。俺にはわからないが、(あさ)()はなにか察したらしく、口元を緩めた。  手を握り返して、背中越しに伝える。 「ここは、俺たちが食い止めます!」 “ブオォン!!”  突風とともに激しい閃光が周囲を覆い尽くした。早朝の太陽のように暑く眩しかった。じわりじわりと日が昇り、空が赤くなるように、浅緑の光の中に燃えるものがあった。  気の量はさっきとは比べ物にならず、その圧力に自然と後ろに追いやられる。下手をすると大気圧が乱れ、五徳の調和が失われ、さらなる災害に繋がりかねなかった。 「ウォォォォォォオ!」  (バオ)()の気配が一変した。いや、(フォン)(ゴウ)状態に戻ったというべきか。体にまとわりつくように赤黒い炎が音を立てている。その異名通り、狂犬の皮をかぶっていた。歯を食いしばりながら、笑っているようにも見えた。  右に(あさ)()、左に(バオ)()。  (バオ)()は貪欲に大気中の気を吸い込み、超低気圧を形成している。一方で(あさ)()(かん)(けつ)(せん)のようにとめどなく気を放出し、超高気圧になっている。  あの周辺は最も不安定であり、最も調和の取れた場所だった。ちょっとでもふたりが離れたら本当に天変地異が起こるやもしれない。そう、直感した。  二色の境目ははっきりとしていて、まるで陰と陽だった。 「す、すげぇ……」 「感心している場合ではありません! 私たちも負けてられませんよ」  (フー)(ヤン)の声にはっとして我に帰る。そうだ、俺には、俺たちにはやらねばならないことがある。こいつらなら、もしかすると、もしかするかもしれない。  他の仲間に目を向ける。それぞれ、違う目的で集った第零班だが、今感じている思いは一緒だった。 「やってやろうじゃねぇの!」 「ああ」 「もちろんよ」 「後は任せたぞ。ふたりとも」  気象師の誇りと自分自身のプライドをかけて、一歩踏み出す。  頼れる仲間に背中を任せて。 「散!!」
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