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ヒーロー/カレー/河原
「うるっせえ他所でやれボケカスども!!!!!!!!!!!」
河原中に響き渡った声に、そこにいた全員が動きを止めた。さっきまで僕のランドセルを踏み潰していた太田くんも、僕を引っ掴んで殴ろうとしていた西坂くんも、囃し立てていた浜部くんも櫻木くんも、面白いくらいにピタリと止まって、油の足らないブリキのおもちゃみたいにギギギと振り返る。僕だけ、そのままの姿勢で声の主を見ることができた。
汚れ切った服に、伸びてあちこち固まった髪。髭もぼうぼうに生えているそいつは、どこからどう見ても百パーセントの完璧なホームレスだった。
「他所でやれつってんのが聞こえねえのかぶっ殺すぞ!!!!!!!!!!!」
いくらクラスの暴れん坊グループとは言っても、自分達よりよっぽど大きい大人の、しかもホームレスに怒鳴られて怖くないわけがない。ホームレスな上に片手で太い木の棒を振り回しているのだ。西坂くんたちはワァだかギャアだか叫んであっという間に河原を駆け上がり、姿が見えなくなった。残されたのはホームレスと僕だけだ。そのホームレスも、うるさい原因が居なくなったのがわかるのかフンと鼻を鳴らすと踵を返して歩いてゆく。べこべこになったランドセルと、かろうじて踏まれていなかった塾の手提げを拾って慌ててその後を追うと、ホームレスはやがて一斗缶の前に立った。一斗缶の上には鍋が乗っていて、どうやら何か茹でているらしい、ということに気がつく。手に持っていたのは薪だったらしい。いや、そもそもこんな公共の場所で火を起こしていいんだろうか。
「何見てんだ」
「火」
実際一斗缶の頭からちらちら覗く火を見ていたからそう返すと、ホームレスは舌打ちをした。でも怖い感じじゃなかったからその横に立つと、彼は僕を無視して、銀色のトングで鍋の中から何か取り出した。銀色の袋をふたつ。大きいハサミでその一つ目を開けた瞬間、美味しそうな匂いが辺りに広がった。
「カレーだ」
「おう」
「僕も食べたい」
「これは俺のカレー」
「二つあるじゃん」
「どっちも俺の分なんだよ」
「おにぎりあげるから」
「はあ?」
コンビニのじゃなくて僕お手製のやつがみっつ。手提げの中から一つ取り出して渡すと、ホームレスは受け取って、それからこちらにもう一度からの手を差し出した。仕方ないからもう一つ乗せてやると、「そこ座りな」と何もない地面をあごで示された。そこってどこよ。
仕方ないからランドセルを敷いてその上に座ると、ホームレスはプラスチックの器にレトルトカレーの袋をそのまま入れて、スプーンと一緒に渡して来た。なんで容器の中にカレーをあけないんだろう。ちらっとホームレスを見ると、袋にスプーンを突っ込んでそのまま食べ始めたから、僕もそれに従うことにした。
「ねえ」
「なんだよ」
「なんでカレーなのにごはんないの」
「飯盒持ってねえし」
はんごう、ていったらあれだ、キャンプでご飯を炊く鍋だ。自然学校でやったけど、まあ炊飯器で炊いた方が美味しい。
「炊飯器で炊きなよ」
「バカお前、野外だぞ。炊飯器使えるわけねえだろ」
「持ち出しのバッテリーとかあるじゃん」
「なんでそんなもん知ってんだ」
「お父さんが買ってた。いざという時用だって」
「いざという時じゃねえよこれが日常なの」
「しかたないな、じゃあチンするごはんでもいいよ」
「だからあれは」
「レンジなくてもできんだよ、知らないの?」
ぐ、とホームレスが言葉に詰まった。知らなかったらしい。
「今度カレー食べるとき持ってきてあげるね」
「……おう」
もぐもぐ食べながらホームレスは言った。これでまた一緒にカレーをご馳走になれるな、しめしめ。
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