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社会人/本/森
静かな空間だ。見渡す限り本の棚。棚。棚。その間にも人はまばらに立っているのに、誰一人として口を開こうとしない。隣にいる男もそう。
「ねーヤナギ」
「静かに」
そう言ったヤナギは目線を本棚から動かさない。せめてこっち見てよ! と肩を揺さぶっても軽くあしらわれて終わりだ。
つまんない。
そもそも暇だ暇だねえねえヤナギどっか行こうよと誘ったのは俺だ。買った本が積み上がってるから無理って断られたので、じゃあ折衷案! と図書館に誘い出したのも俺。ヤナギは昔っから、それこそ学生時代から本の虫だから、喜んでくれるかなあと思って。
結果がこれだ。
「ねーえ」
「図書館では、静かに」
それいつも俺うるさいってこと? ねえ。まあ否定できませんが。高校卒業して大学でも、なんなら働いてる今でも言われる。どうやらおしゃべりな上に声がでかいらしい。そうかなあ。まあ居酒屋とかでも、店員さん呼ぶのは昔から俺の役割だけれども。
昔から物静かな、ヤナギの目の前には学生時代から好きな作家さんが並んでいる。ああそう、そういえば高校の時も本読むヤナギにちょっかいかけてあしらわれてたな。こうなることを見越せなかった俺も俺だけど、デートだっつってんのにマイペースを崩さないこいつもこいつだ。
ふてくされて棚を離れる。住んでる街から電車で数駅離れたところにある、大きい図書館だ。本の数も棚の数も利用者の数も、地元のそれよりずいぶん多い。そのくせしんと静かで、たまに何処かから紙が擦れる音が聞こえるくらい。大きく呼吸をしたら、肺の中身が綺麗になった気がした。なんでかな、掃除が行き届いてるのか、みんな走り回らないから埃が立たないのか。もしくはそういう癒し、みたいな成分が空気中を待っているのか。そう思うと、この静けさはいつか行った山林のようだ。よく考えたら本は紙で、だからここは森なのかも。ここにいる人たちはみんな、本で森林浴、みたいな、いやもう無理だわ落ち着かんこの空間!!
でもすぐ戻るのは嫌なので、ぐるりと文芸コーナーを一周した。元の棚に戻ってくると、ヤナギは姿勢を変えずに本の背中と睨めっこしている。昔っからだ。昔っから、ヤナギは俺より本を優先するし、俺が離れても追ってこない。ちょっと離れて、結局俺が不安になって戻ってきてもしらんふり。
「……なんかあった?」
そのくせ、俺が離れたことについては気にしてるとことか。こういう時だけ不安げに、こっちを見るとことか。ずっと愛おしいところとか。そついうとこは全然変わらない。
「なんも」
いいながらくちびるを寄せる。もちろん触れるだけ。
お前まじか信じられん、みたいな目で見られるのもあのころと同じ。大丈夫だよ、みんな本に夢中でこっちなんか見てないから。
「ね、高校生の時もしたよね」
「……うるさい」
そう言ったヤナギの耳が赤いのもあの頃とおんなじで、口元が緩んだ。
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