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16.尋ね人
四年後。
気づけば、私は十四歳になっていた。
相変わらず、アリーゼからは疑いの眼差しを向けられているが、表面上は良い母娘関係を保っている。
恐らく、決定的な証拠がないからアリーゼ自身も下手に私の前世について言及や追求ができないのだろう。
そのせいか、ここ数年はお互いに腹を探り合っているような状態が続いている。
ギュスターヴに関しては、正直分からない。内心、確信しつつも気付かないふりを続けているのかもしれないが……。
ただ、彼の場合はあの日を境に態度が変わったりといったことは一切なかった。
むしろ、娘に対する溺愛ぶりに拍車がかかったような気さえする。
何を考えているのか分からないせいか、末恐ろしさすら感じるほどだ。
そして、私の顔はと言えば……相変わらず、前世の自分にどんどん近づいていっている。
成長とともに少しずつ変わっているから、幸い周りに訝しまれたりすることはない。
でも、この調子で顔が変化していくとしたら、死亡した当時の年齢──十八歳になる頃には前世と同じ顔になってしまうような気がする。
不安を抱きつつも、私は忙しい日々を過ごしていた。
そんなある日のこと。中等部に上がった私とレオは、その日もハンスが住む時計塔に向かおうとしていた。
「そうだ、アメリア。展望室のバルコニーのことなんだけどさ……」
並んで小道を歩いていると、レオが思い出したようにそう言った。
レオも、もう自分と同じ十四歳。
どちらかと言えば小柄な子供だった彼は、いつの間にか私の背を追い越していた。
当たり前だけれど声だって低くなったし、雰囲気も大人びてきている。
とはいえ……まだまだ少年のあどけなさは残っているから、私からしたらお子様にしか見えないのだけれど。
──昔は、私の方が背が高かったのに……。
ぐんぐん成長していく幼馴染に対して、感慨深いような寂しいような……そんな、何とも言えない複雑な心情を抱く。
「バルコニーがどうかしたの?」
「ああ、いや……あそこってさ、落下防止のために柵が付いてるだろ? 実はあの柵、劣化してきていてちょっと危険なんだよ。近々、修繕工事をする予定だから、アメリアも気をつけろってハンスから伝言を頼まれたんだ」
「えぇ! ちょっと……そういう大事なことは、もっと早く教えてくれない? 万が一、落ちたらどうしてくれるのよ……?」
「いや、別に今にも柵が外れそうってわけじゃねーからな? 一応、安全のために昨日から展望室のバルコニーは立ち入り禁止になっているらしいし……」
「へぇ、そうなのね」
そんな会話をしながら、時計塔に着いた私達は図書館側の入口に回る。
というのも、先日宿題として出されたレポートを進めるために資料を探したいからだ。
「あれ?」
不意に、レオが歩みを止めた。
一体、どうしたのだろう? 不思議に思った私は彼の顔を覗き込む。
「どうしたの?」
「いや、向こうにいるのって……多分、王城の騎士だよな? なんで、こんな所にいるんだ?」
「え……?」
レオが指さした方向に視線を移すと、そこには確かに騎士らしき人物が立っていた。
あの洗練された白銀の美しい鎧──間違いない、セシル女王陛下直属の近衛騎士団の団員だ。
その騎士は持っていた紙を広げると、図書館に入ろうとしていた女性に話しかけた。
「すみません。少し、お時間よろしいですか? お尋ねしたいことがあるのですが」
「はい? なんでしょうか?」
二人は、私達の目前でそんなやり取りを始めた。
「この似顔絵の人物に見覚えはありませんか?」
「うーん……ちょっと、分からないですね。何分、ついこの間ここに引っ越してきたばかりなので」
「そうですか……」
「この方が、どうかなさったんですか?」
「ああ、いえ。実はこの女性、女王陛下の旧友なんですよ。少し前に行方不明になったらしく、それ以来連絡が取れなくなってしまったそうで……。それで、この辺りで彼女によく似た人物を目撃したという報告が入ってきたのでこうして聞き込みをして回っているのですが……なかなか、有力な情報を得られなくて困っているんです」
言って、騎士は苦笑した。
彼は、私達に背中を向けた状態で女性と会話をしている。
もう少しだけ近づけば、何とか似顔絵が見えそうだ。
どうにも気になって仕方がない私は、騎士に気づかれないように距離を詰めた。
そして、似顔絵を確認した途端。思わず、絶句する。
──あの似顔絵……もしかして、前世の私?
訳が分からなかった。
前世の私は、とっくの昔に死んでいる。
もちろん、現在の自分の顔にも近いと言えば近いが、まだ十四歳で完全に大人の顔にはなっていないせいか同一人物と言えるほど一致してはいない。
「あの顔……前世の私だわ」
驚愕のあまり、そんな言葉が口をついて出た。
隣で私の呟きを聞いていたレオは、目を瞬かせる。
「え?」
「今、あの騎士に見つかったら大変なことになるかもしれない。……レオ、行くわよ」
「お、おう……?」
騎士に気付かれないように、私達はそそくさと図書館に入った。
そして、素早く奥の方の席に着くと、安堵のため息を洩らす。
「ふう……ここまで来れば、流石に大丈夫よね」
「一体、どういうことなんだよ? よく分かんねーから、事情を説明してくれ」
「多分だけれど……あの騎士が探しているのは私なの」
「はぁ!?」
椅子から立ち上がったレオが、大きな声を上げる。
「ちょっと……大きい声を出さないでよ。見つかったらどうするの?」
「あ、悪ぃ……」
言って、レオは再び椅子に腰を下ろす。
「昔、レオに『自分の顔が変わってきているような気がする』って相談したことがあったでしょ? それで、その後すぐに私がアリーゼ──今世の母親に正体を勘ぐられて殺されかけたって話もしたわよね?」
「ああ、聞いたよ。でも、ここ数年はお前の母親も落ち着いているみたいだったし、てっきり疑うのをやめたと思っていたんだが」
「そんなわけないでしょう? 表面上は優しい母親を演じているけど、あの人、内心私の正体が気になって仕方がないみたい。それでね、これはあくまでも仮説なんだけど……さっきの騎士が私を探していたのは、前世の私の両親が一枚噛んでいるからじゃないかなと思って」
「おいおい……そりゃあ、まずいな」
ようやく事態の深刻さに気づいたレオは、眉をひそめる。
「でも、別にアリーゼやギュスターヴが報告したわけではないと思うの。もしそうだったら、前世の両親は直接私を捕まえに来るはずだもの」
「ということは……事情を知っている第三者が前世のアメリアの両親に『マージョリーによく似た少女を見つけた』という報告をしたってことか?」
「ええ、恐らくね。どうして、お城の騎士に捜索を依頼したのかは不明だけれど。でも、アリーゼとギュスターヴ同様、前世の両親も私の報復を恐れているのは間違いない。だからこそ、血眼になって探しているんだと思うわ」
「…………」
私の話に聞き入っていたレオは、険しい顔つきになっていた。
彼はしばらく考えるように黙り込むと、やがて顔を上げて、
「おかしいな……俺、あの似顔絵どっかで見たような気がして仕方ないんだ」
意外な言葉を口にした。
「それって、私の顔じゃなくて? ほら、今の私もあの似顔絵に瓜二つとまではいかないけれどかなり似ているし……」
「いや、違う。どこだっけなぁ……」
レオは腕を組み、再び考え込む。
そして、何かを思い出したように立ち上がると──
「そうだ、あの本だ!!」
言って、背後にある本棚を探り始めた。
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