2.裏切られた子爵令嬢

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2.裏切られた子爵令嬢

 数日後。  失恋の傷がなかなか癒えない私は、今日もあの路地裏に来ていた。  息を切らせながらも階段を上ると、私はいつものように城下町の景色を望む。  ギュスターヴから婚約破棄を告げられた翌日、私は腰まであった長い銀髪を肩まで切った。  未練を吹っ切るつもりで思い切った行動に出てみたけれど……それでも、やはり憂鬱な気分は晴れない。  ──あれから、ギュスターヴは連絡を寄越さない。これからも、変わらず友人関係は続けようなんて言っていたくせに……。  「でも、まあ……振られたんだし、うじうじ悩んでいても仕方ないわよね。さっさと忘れて次に行──」  ──えっ……?  呟いた瞬間。誰かが私の背中を押した。  何とか踏ん張るが、一度ずれた重心は戻らない。  そして── 「きゃああ!!」  悲鳴とともに、私は長い階段をごろごろと転がり落ちる。  頭部や胴体は容赦なく硬い石段に打ちつけられ、手足はぐにゃりと変な方向に曲がったような感覚があった。  しばらくの間、そうやって翻弄され続け。ようやく止まった頃には意識が朦朧とし、視界の大部分が額から垂れる血で真っ赤に染まっていた。  即死ではなかっただけでも、奇跡かもしれない。  でも──  ──ああ、私……きっと、もうすぐ死ぬんだわ……。  直感的にそう感じた。きっと、もう助からない。  痛い、苦しい、悲しい。できることなら、死にたくなんかない。  一体、何故こんなことに……?  ──こんな最後、絶対に嫌よ。お願い、誰か助けて……!  心の中で、そう強く念じた瞬間。  ふと、足音が聞こえた。足音の主は、コツコツと靴音を鳴らしながら私の側へと近づいてくる。  もしかしたら、誰かが私の悲鳴を聞いて助けに来てくれたのかもしれない。  一縷の望みにかけて、私はその人物に助けを求める。 「おね……が……たす……け……」 「なんだ、まだ死んでなかったのか」  ──え……? 視界がぼやけてよく見えないけれど、この聞き覚えのある声は……。 「そうさ。君を階段から突き落としたのは、この僕さ」  ──ギュスターヴ……! 「なんで? って顔してるね。まあ、いいや。最期だし、せっかくだから教えてあげるよ」  言って、ギュスターヴは醜悪な笑みを浮かべる。  人はこれほどまでに醜く笑うことができるものなのか、と薄れゆく意識の中で思った。 「理由は簡単。僕が君との婚約を破棄すれば、クロフォード家の外聞が悪くなるからだよ。それに、父上も許してくれないだろうからね。でも、君が事故で死んだことになれば、新しい婚約者を迎えたとしても何ら問題ないわけで。……とにかく、僕の面目を保つためには、どうしても君に死んでもらわなきゃならなかったんだよ」  瀕死の私を見下ろすギュスターヴは、吐き捨てるようにそう言うと。  片膝をついて、顔をぐっと近づけてきた。   「──というわけだからさ。さっさと死んでくれないかな? いや、この際、はっきり言ったほうがいいか。……今すぐ、死ね。マージョリー」  ギュスターヴは、嬉々とした表情でそう囁いてきた。  愉快げに口の端を吊り上げて。けれども、目は全然笑っていなくて。  瀕死の中。元婚約者から至近距離で「死ね」と罵られた私は、反論することもできず。  ひたすら、彼の暴言を聞き続けるしかなかった。  死ぬ時くらいは穏やかに逝きたかったけれど、それすら叶いそうにない。  そう考えた瞬間、自分の中でプツンと糸が切れた。  ──ギュスターヴ……許さない。あなただけは、絶対に許さない……。  私が、一体何をしたというの?  幼い頃から、ただ一途にあなたに恋焦がれて。  いつだって、未来の公爵夫人として恥ずかしくない淑女になろうと必死だった。  なのに……何故こんな屈辱を受けた上、惨めに殺されなければならないの?  散々暴言を吐いたギュスターヴは、満足げな様子で私に背中を向けて去っていく。  その背中をじっと睨みながら、心に誓った。    ──生まれ変わったら、必ずギュスターヴに復讐してやる。    そして、意識を手放すと、私は悔しくも絶命した。  今際の際に自分の心を支配していたのは、憎悪や怒りや絶望といった負の感情だけだった。
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