23.行く手を阻む者達

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23.行く手を阻む者達

 ──もし、はぐれたらローゼ川の河岸を目指せ。そこで落ち合おう。  事前に、ハンスからそう念を押されていた。  国境を越える前に追っ手に見つかれば、二手に分かれて逃げなければいけない場合だってあるだろう。  だから、その時に備えて予め二人で決めていたのだ。  ──とはいえ……ハンスさん、きっとびっくりしているわよね。早く、合流しないと……。  せっかくギュスターヴとアリーゼへの復讐を果たしたというのに、勝利の美酒に酔う暇すらない。  むしろ、今の私の心の中は達成感よりも焦燥感でいっぱいだった。  三十分後。  気づけば、辺りはすっかり夕闇に包まれていた。  河岸に到着するなり、私は辺りをきょろきょろと見渡した。  遠方に見える石造りの大きなアーチ橋には、夜景を楽しむために集まったと思しき人々の姿がまばらに確認できる。  ……けれども、ハンスの姿はどこにも見当たらなかった。 「ハンスさん……一体、どこにいるの?」  そう呟いた瞬間。  突然、背後の茂みからガサガサと物音がした。 「え……?」  小さな声が漏れると同時に、私は不意に背後から伸びてきた手によって口を塞がれる。 「むぐっ……!?」 「騒ぐな。大人しく降伏すれば、傷つけないと約束する。ただし、我々の監視下のもとで生活してもらうことになるがな」  話しぶりから察するに、背後から私の口を塞いでいるのは恐らく近衛騎士団に所属する団員のうちの一人だろう。 「……!」  ──どうして、ここにいることが分かったの……?  そう考えつつも騎士の言う通りにしていると、やがて他の騎士達が茂みから出てきて私を包囲した。  すると、突然後方から若い女性の声が聞こえてくる。 「やはり、張り込みをしていて正解でした。──あなたなら、必ずここに現れると思いましたから」 「!?」  悠然とした態度で私の目の前まで歩いてきた女性を見た瞬間、私は息を呑んだ。  というのも、その女性に見覚えがあったからだ。  腰まで流れる白銀の髪、陶器のように透ける白い肌、氷のように冷たく美しいアクアブルーの瞳。そして、勇ましさと可憐さを同時に兼ね備えた純白のドレスアーマー。  見間違えるはずがない。この女性は── 「予てより噂は聞いていましたが……こうして、実際に顔を合わせるのは初めてですね」 「女王陛下……?」  そう、今目の前にいるのは若干二十歳にして王位を継ぎ、大国ノイシュを治めることになった麗しき君主──セシル女王だ。  何故、彼女がこんな所に……? まさか、女王直々に自分を捕らえに来るとは思わなかった。 「ガートルード夫人──いえ、この場ではアメリア・クロフォード嬢と呼んだほうが相応しいでしょうか」  セシル女王はそう言うと、改まった様子で一礼した。  しばらくして顔を上げると、彼女はゆっくりと口を開いた。 「何故あなたの居場所が分かったか、知りたいですか? いいでしょう、教えて差し上げます」  私の心を見透かしたかのように、セシル女王は話を続けた。 「昔から、沢山いたのですよ。……あなたのように、国境を越えて隣国へ逃げ遂せようとした異能力者達が。つまり、我々はその度に彼らの逃亡を阻止してきたというわけです。放っておけば、危険因子になりかねませんから」 「……! その人達は、どうなったんですか……?」  恐る恐る聞き返すと、セシル女王は僅かに口の端を吊り上げて、 「もちろん、連れ戻しました。但し、抵抗を続ける者はその場でやむを得ず射殺する結果となりましたが……」 「なっ……」 「ですが、大人しく降伏した場合は命の保証はすると約束します。……わたくしは本来、平和主義者です。異能力者の捕獲が王としての務めとはいえ、できることなら穏便に解決したいので」  悠然とした態度を崩さず、セシル女王はそう言ってのけた。  恐らく、彼女は嘘は言っていない。私が大人しく降伏すれば、きっと殺しはしないのだろう。  けれど……抵抗をやめるということは、すなわち自由を捨てるということだ。  ──そんな人生を送るくらいなら、死んだほうがマシよ。 「さて、どうしますか? 国の監視下のもとで暮らすか、それとも最後まで諦めず抵抗し続けるか──決めるのは、あなたです」  セシル女王はその冷ややかな青い瞳で私を見据え、選択を迫る。  私は、ゆっくりと口を開くと── 「……あの人と約束したの」 「あの人?」 「何が何でも逃げ切って、幸せになるって──だから、私は彼の思いに応えるためにも絶対に逃げ切って見せるわ!」  そう宣言すると、私は自分の口を塞いでいる騎士の手を取り、思い切り噛んだ。 「()ぅっ!? こ、こいつ……!!」  痛みのあまり拘束を解いた騎士を後目に、私は一目散に駆け出して待ち合わせ場所へと向かう。  ──ハンスさん……! 今、行くから待っていて!  ……が、予め決めてあった合流場所には彼の姿はなかった。  ともすれば、ホバークラフトを停めてある場所にいるに違いない。  きっと、何かトラブルがあってあの場所に来れなかったのだろう。  そんなことを考えている間にも、自分と追っ手達の距離はみるみるうちに縮まっていく。 「絶対に逃さんぞ!!」  一人の騎士が、私の髪を乱暴に掴んだ。その瞬間、私は転倒してしまう。 「っ──!!」  騎士の大きな手が、再び私を拘束しようと迫ってくる。  ああ、一巻の終わりだ。そう思った次の瞬間。私を転倒させた騎士が目の前で勢いよく吹っ飛んだ。  一体、何が起こったのだろうか? 「アメリア!!」 「え……?」  声がした方向に視線を移してみれば、そこにはレオの姿があった。  よく見てみれば、彼は拳を握りしめ荒々しく肩で息をしている。  状況から察するに、恐らくレオが私を捕らえようとしていた騎士を殴ったのだろう。 「行くぞ、アメリア! 何としてでも逃げ切るんだ!」 「レオ!? でも、どうしてあなたがここに──」 「大事な幼馴染が危険な目に遭っているってのに、じっとしてなんかしていられるかよ!」 「……! レオ……」  レオは、納得して自分を送り出してくれたと思っていた。  けれども、彼の中では全然納得なんかしていなくて……こうやって、自分のピンチに駆けつけてくれた。  幼馴染を気遣ったつもりが、逆に助けられてしまう結果になり不甲斐なさやら嬉しさやらで胸がいっぱいになる。 「ねえ、レオ! ハンスさんを見なかった!? 途中ではぐれてしまったの!」 「わかんねぇ……俺も、散々この辺りを探し回ったんだけどさ、どこにもハンスの姿が見当たらねーんだよ!」 「……! まさか、私とはぐれた直後に追っ手に襲われて──」 「なっ……そんなはずねーだろ? いつも気怠そうにしてるけど、ああ見えて腕っぷしはそれなり強いんだぜ? ……とにかく、ホバークラフトを見つけたらすぐに出発しよう!」  そんな会話をしながら、私達は船が停めてある場所を目指して全速力で走る。  ジョアン曰く、魔法文明の遺物であるホバークラフトは燃料──つまり、魔力を注入しなくてもまだ動く状態らしい。  対岸へ渡るくらいなら、ぎりぎり燃料は持つだろう。  私が異能力者として覚醒している状態なら燃料の心配もしなくて済んだのだろうけれど……今はまだ魔力が開花していない状態だから、ひたすら途中で燃料が切れないことを祈るしかない。 「見えたぞ! あそこだ!」  レオが指さした方向を見ると、そこには事前にジョアンが準備してくれたホバークラフトと思しき乗り物が停めてあった。  外観は──奇抜なデザインの、屋根のない鉄製の小型船といったところだ。  先頭に操縦席があり、後部には四人くらい乗れそうな広さの座席が設置されている。 「急ぐぞ!」 「ええ!」  そう返すと、私は自分の手を引いているレオの手を強く握り返した。
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