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24.合流
「よし、ホバークラフトに乗り込め! 操縦は俺がする!」
船の係留場所に着くなり、レオがそう言った。
「でも……レオ、操縦できるの?」
事前にジョアンから操縦の仕方を習っていたハンスならともかく、ド素人がいきなり操縦をするなんて無茶もいいところだ。
「実はさ、ハンスがジョアンから操縦方法を教わっているところをこっそり覗いていたんだよ。……こんなこともあろうかと思ってな!」
「えぇ!?」
「まあ、とにかく心配すんな。何とかしてみせるから」
「ほ、本当に大丈夫……?」
そんな会話をしつつも、ホバークラフトに乗り込もうとしていると──突然、背後から放たれた矢が私の頭上を掠め、目の前にある木の幹に刺さった。
それを見た瞬間、私とレオは思わず狼狽する。
「なっ……!」
「えっ!?」
二人で矢が飛んできた方向を見ると、そこには先ほどレオが殴って怯ませた騎士が物凄い形相で立っていた。
彼は「絶対に逃がすものか」とばかりに強く弓を引くと、再び私達を目掛けて矢を放つ。
「今度は、絶対に外さないぞ!」
鬼気迫る騎士の声とともに、矢は私の心臓を目掛けてびゅんっと飛んでくる。
──もしかして……私、ここで死ぬの……?
そう考え、硬直していると。不意にこちらに向かってくる矢がぐにゃりと曲がり、そのまま地面へと落下した。
「え? 何? どういうこと……?」
不可思議な光景を目の当たりにした私は、自分と同じく呆気にとられているレオと顔を見合わせる。
その途端、どこからともなく聞き慣れた声がすることに気づいた。
この声は、もしかして──
「ハンスさん!?」
叫ぶのと同時に、私達を捕らえようとしていた騎士が大きな石を持ったハンスに頭を強打される。
──ゴンッ!!
打撃音がした直後、騎士はひとたまりもなくその場に倒れ込んだ。
「おい、二人とも! 今すぐホバークラフトに乗れ! 国境を越えるぞ!」
「ハンスさん! 無事だったのね!」
「ああ。ここに来る途中、何度か襲われたけどな。奴ら、アメリアが一緒にいないと分かった途端『居場所を教えないと殺す』と脅迫してきやがった。ただ、まあ……返り討ちにしてやったけどな」
言って、ハンスはニヤリと口の端を吊り上げた。
「アメリア。あの時、俺が判断ミスをしたせいで結果的にお前を危険に晒すことになってしまった。守ってやるって約束したのに……本当にすまなかった」
「ううん、気にしないで。私も、まさかあんな場所でギュスターヴ達と鉢合わせするなんて思わなかったから……」
互いに謝り合いながら、私とハンスは座席に乗り込んだ。
「てかさ……さっきのあれ、一体何なんだよ? いきなり、矢がぐにゃっと曲がってたぞ」
訝しげな顔をしたレオが、ハンスにそう尋ねる。
あの時、確かに私を目掛けて飛んできていた矢は自然に曲がっていた。
その後、すぐにハンスが駆けつけて助けてくれたわけだけど……普通の人間が遠隔で矢を曲げることなんて不可能だし、どうにも腑に落ちない。
──もしかして、さっきのあれも魔法文明の遺物で何とかしたのかしら?
ふと、そんな考えが脳裏をよぎる。
けれど、ハンスは予想とは裏腹な返事をした。
「あー、まあ……細かいことは気にするな。それより、早く出発しないと女王と近衛騎士団の連中に追いつかれるぞ」
言って、ハンスはレオの質問をさらりとかわした。
「なんだよ。別に隠さなくたっていいだろ。やっぱり、あれも魔法文明の遺物の効果なのか?」
「まあ、そんなところだな。さあ、出発するぞ」
食い下がるレオを納得させるためなのか、煮え切らない様子ながらもハンスがそう返す。
そして、私とレオが後部座席に乗り込んだのを確認したハンスはホバークラフトを発進させた。
直後、船体が浮上したらしく、なんとも不思議な感覚に陥る。
「ふーん……やっぱり、すごいんだな。魔法文明の遺物って」
「それよりも、だ。何故、お前がここにいるんだ? レオ」
ハンスが尋ねるとレオはバツが悪そうに頭を掻き、「俺もアメリアの役に立ちたかったんだよ」と弁明をする。
「そうか。まあ、今更言っても仕方ねぇか……。いずれにせよ、俺もお前もこうなった以上ノイシュ王国にはいられない。……だから、覚悟だけは決めておけよ」
「おう。望むところだぜ!」
レオが威勢よくそう返す。
そんな会話をしながらも、私達はまだ遠い対岸を目指した。
吸い込まれそうなほど深い闇空の下、前方には照明が灯った隣国の美しい街並みが眺望できる。
──向こう側に着けば、追っ手もそう簡単に手出しはできない。そうしたら、自由になれるんだ。
ハンスとレオを巻き込んでしまったことを負い目に感じつつも、希望溢れる未来を想像して心が躍る。
もし自分一人だったら、国境を越えるなんて到底不可能だっただろう。協力してくれた二人には、一生頭が上がらない。
そうして、ようやく半分ほどまで進んだ頃。ふと、後方から叫声のようなものが聞こえてくる事に気づいた。
「え……?」
「なんだ? 今、なんか聞こえたような……」
顔を見合わせた私とレオは、恐る恐る後ろを振り返る。
すると──
数艘のホバークラフトがもうすぐそこまで迫っており──それに乗っているセシル女王と、彼女を守る近衛騎士団の団員達が「今すぐ船を止めろ」と怒号を上げていた。
「逃げても無駄です! 大人しく降伏しなさい! 今なら、まだ間に合いますよ! あなた方も、こんな所で惨めに死にたくはないでしょう!?」
最後のチャンスだと言わんばかりに、セシル女王は交渉を持ち掛けてきた。
「ちっ……! 連中もホバークラフトを所持してやがったのか!」
「ど、どうするの!? このままだと追いつかれてしまうわ!」
狼狽した私は、ハンスに判断を迫る。
「……もちろん、逃げ切るさ。というか、そうするしかねーだろ」
「で、でもよハンス! どう見ても、あいつらが乗ってる船のほうが性能が上だぜ!? 常識的に考えて、逃げ切れるわけが──」
「レオ。お前、ホバークラフトの操縦方法知ってるよな?」
レオの言葉を遮るように、ハンスが問いかけた。
「ま、まあ……ていうかさ、ハンス。俺がこっそり覗いてたこと知ってたのかよ」
「当たり前だ。あんなバレバレな覗き方してりゃ、嫌でも気づく」
「そ、そうか……とりあえず、代わるのはいいけどさ。一体、どうするつもりなんだよ?」
レオが不安げに尋ね返すと、ハンスは何故か余裕の笑みを浮かべて答える。
「いい考えがあるんだ。とにかく、今は信じて操縦を代わってくれ。任せたぞ、レオ」
「……わかった、信じるよ」
ハンスとレオは、互いの目をしっかりと見据えて頷き合う。
レオが操縦を代わると、ハンスは後部座席に移動しその上に立った。
そして、迫り来る追っ手達に向かって言い放つ。
「たとえ女王陛下の命令だろうと、俺達は降伏するつもりはない! 絶対にアメリアを隣国に送り届けてみせる!! ……命に代えてもな!」
──ハンスさん……!
「……わかりました。それが、あなた方の答えなのですね」
セシル女王は、悟ったような表情でそう返すと──
「ならば、ここで全員死んでいただきます! 危険因子である異能力者を闇に葬る事こそ、我が王家に課せられた使命! 逃がしはしません! ……さあ、矢を放ちなさいッ!」
激しい剣幕でまくし立てたかと思えば、セシル女王は騎士達にそう命令した。
指示を受けるや否や、騎士達は素早く弓を構える。
「そうはさせるかよ!」
ハンスは騎士達を制止するようにそう叫ぶと、突然右手を高く掲げた。
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