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25.幻影
ハンスが空を切るように手を振り下ろすと。ほんの一瞬、辺りがまばゆい光に覆われた。
「ハンスさん……? 今、何をしたの?」
怪訝に思ってハンスに問いかけるが、彼は無言のまま真っ直ぐとセシル女王を見据えている。
次の瞬間。不意に周囲から人の気配を感じ、絹を裂くような悲鳴が聞こえてきた。
「や、やめてくれ!」
「お願い、撃たないで! まだ死にたくない!」
ぎょっとして周囲を見渡すと、気づけば沢山の船が自分達が乗っている船を取り囲んでいた。
一見したところ、船に乗っているのは民間人。皆それぞれ、木製のボートや筏といった乗り物を駆使して対岸を目指しているようだ。
──いつの間に、こんなに沢山の人達が……? もしかして、この人達も私達と同じように国境を越えようとしているの……?
セシル女王達が乗っている船の方に視線を移すと、彼らは構えていた武器を下ろし、激しく動揺していた。
そのまま成り行きを見守っていると、隣にいるハンスがようやく口を開く。
「こいつらは、過去にお前らの手によって殺された異能力者達だ!」
「なっ……」
「みんな、アメリアと同じように国境を越えて隣国に逃れようとした! だが、お前らのせいでその尊い命を奪われたんだ!」
「な、何故死者が私達の目の前にいるのです!? 彼らは既に死んでいるはずでしょう!?」
「さあな……お前らを恨むあまり、化けて出たんじゃねぇか?」
狼狽するセシル女王に向かって、ニヤリと不敵な笑みを浮かべてハンスはそう返した。
一体、どういうことなのだろう? 今、私達を取り囲んでいる人達は本当に幽霊だとでも言うのだろうか?
「何を馬鹿げたことを……! ──ま、まさか……あなたは……」
狼狽していたセシル女王は、やがて何かに気づいた様子で口を噤む。
それに対して、ハンスは挑発するように追い打ちをかけた。
「どうした? びっくりしすぎて声も出せなくなったか?」
「ふふふ、なるほど……こんな芸当ができるということは、つまりあなたも普通の人間ではないということですか」
──え……?
普通の人間ではない──セシル女王の言葉に強烈な不安感を覚えた私は、思わずハンスを見上げる。
だが、その言葉に反応したのは私だけではなかったようだ。
必死に覚束ない操縦をしているレオも、振り向かないながらもこちらを気にして様子を窺っている。
「ハハハハッ! ああ、そうさ! 何を隠そう、俺も異能力者のうちの一人だ!」
「ハ、ハンスさん……?」
挑発的な高笑いとともに、にわかには信じがたいことを言ってのけたハンスに向かって、私は「嘘よね?」と目で訴えかける。
けれど、そんな私の願いとは裏腹に、
「……悪いな、アメリア。残念ながら俺は正真正銘、魔力を持った異能力者だ。過去にローゼ川で死んだ異能力者達をこうして蘇らせることができたのは、さっき使った幻術のお陰だ。この川に僅かに残っている死者の思念を拾ってそれを術に使ったんだよ。つまり、こいつらは幻影みたいなもんだ」
そう返し、バツが悪そうに目を伏せた。
私が絶句していると、今度はハンスは操縦席にいるレオに向かって語りかける。
「レオ。お前にも謝らないとな。……今まで隠していてすまなかった。それから、お前の親父についてだが……お前の親父は、何も悪くないんだ。だから、どうか憎まないでやってくれないか?」
「ど、どういう……ことだよ……?」
未だ現実が受け入れられない様子のレオは、少し震えた声で尋ねる。
思い返してみれば、ハンスが異能力者だと気づける機会は何度かあったような気がする。
──もしかして、あのメリーゴーランドを動かしたのもハンスさんだったのかしら……?
そう考えると、色々と腑に落ちる。
あの時、突然いなくなったのも、その後妙に態度が不自然だったのも全部能力のことを隠していたからだったとしたら……。
「兄貴は、俺が魔力に目覚めたことを知っていたんだ。だから、あの日兄貴はわざと俺に喧嘩を吹っかけて家から追い出したのさ。……身内に能力のことを密告されないようにな」
「じゃ、じゃあ……父さんは、自分が悪者になってでもハンスを守ったってことなのか……?」
「ああ。兄貴の真意に気づいたのは、何年か経ってからだけどな」
レオの質問に対して、ハンスは頷いた。
「それに、兄貴がお前に対して厳しいのもお前のためを思っているからこそなんだ」
「え……?」
「魔力が発現した異能力者の兄弟──特に同性の兄弟は、どういうわけか昔から能力に目覚めやすいと言われている。だから、兄貴もいつ自分が異能力者になるか分からない状態だったんだ。つまり、兄貴は自分がいなくなっても家族が困らないよう必死だったのさ。異能力者になっちまったら、いつ誰にそれがばれて密告されるかわかんねぇからな」
「そんな……」
「今更言っても、もう遅いかもしれない。だけど……もし、また兄貴と会う日が来たら素直な気持ちで接してやってくれ。お前も、本当は親父のことを心の底から憎んでいるわけじゃなかったんだろ? ……だから、頼む」
言って、ハンスはレオの頭に手をぽんっと乗せる。
「……ああ、わかったよ。そのためにも、絶対に対岸にたどり着かないとな!」
レオは力強く頷くと、操縦桿を握る手にぎゅっと力を込めた。
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