3.転生

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3.転生

 ぱちりと目を開けると、見慣れない天蓋が目に飛び込んできた。 「う……ん……ここは……?」 「まあ、アメリア! 目を覚ましたのね!」  ブルネットの髪を持つ綺麗な女性が、ベッドの脇に手をつきながら自分の顔を覗き込んでいる。  年齢は、二十代半ばくらいだろうか。心なしか、彼女の顔には見覚えがあるような気がする。 「え……?」 「本当に、心配したのよ! あなた、高熱を出して一週間も寝込んでいたんだから!」  言いながら、女性は私を強く抱きしめた。  ──く、苦しい……! 一体、誰なのかしら。この人……。 「大丈夫? お母様の顔、ちゃんと分かるわよね?」 「……???」  女性に尋ねられ、頭の中で疑問符が乱舞する。  ──お母様……? 私の母は、一人しかいないはずだけれど……。ハッ……まさか……!  自分のことを『母』と名乗る女性を横目に、私はベッドから飛び起きる。  そして、鏡台の前に立つと、慌てて自分の顔を確認した。  ──別人……!? しかも、子供になってる!?  鮮やかに輝く長い金髪に、アメジスト色の透き通る瞳──そこには、()()()()()()()の面影がある美少女がいた。  そう、この少女はかつての婚約者であるギュスターヴによく似ていたのだ。  それに── 「ど、どうしたの? アメリア」  優しげな口調で話しかけてくるこの女性は、恐らく私が通っていた学園の同級生──アリーゼ・ヘイズ嬢だ。  ……状況から察するに、どうやら私はギュスターヴとアリーゼの娘として転生してしまったらしい。  先ほど、アリーゼが「高熱を出して一週間寝込んでいた」と言っていたし、きっとそれが原因で目が覚めた時に前世の記憶が蘇ったのだろう。  死ぬ直前、確かに「生まれ変わってこの恨みを晴らしたい」とは思ったけれど……。  まさか、二人の娘として新たな生を受けるなんて夢にも思わなかったわ。  ──でも……考えようによっては、ラッキーかもしれないわね。対象が近くにいる方が、復讐もしやすいし。 「うっ……!」  自分が生まれ変わったことを認識した瞬間。突然、激しい頭痛に襲われた。  同時に、数年分の記憶が早送りのように一気に頭に流れ込んでくる。  恐らく、これは私が前世の記憶を持たないアメリアとして過ごしていた頃の記憶だろう。 「アメリア!? 大丈夫!?」 「大丈夫です、お母様。ちょっと、ふらっとしただけですから」 「本当に……?」 「はい。アメリアは、この通り元気ですっ!」  駆け寄ってきたアリーゼを安心させるために、くるっと一回転してみせた。   「わっ! ととっ……」  ……が、足がもつれて転びそうになってしまう。  体が小さいせいか、いまいち感覚が掴めない。 「もう、言っている側から転びそうになっているじゃない。病み上がりなんだから、おとなしく寝ていなさい」 「はぁい……ごめんなさい」  アリーゼに促され、私は渋々ベッドに戻る。  とりあえず……アメリアの今までの記憶が頭に流れ込んできたお陰で、大体経緯がわかった。  アメリア・クロフォード。年齢は六歳。  睨んだ通り、やはりアメリアはギュスターヴとアリーゼの娘という認識で間違いないらしい。  先代クロフォード公爵は病気を患っていることもあり、既に爵位を息子のギュスターヴに譲位しているようだ。  つまり、今世の私はクロフォード公爵家の長女というわけだ。  ──なるほど。ギュスターヴは、私を殺した後すぐにアリーゼと結婚したのね。  そして、念願の子供──アメリアが生まれた。  私が急死した件については、きっとギュスターヴの思惑通り事故として片付けられたのだろう。  突き落とされたのは人通りの少ない路地裏の階段だし、目撃者がいるはずもない。  そんなことを考えつつも、暫くの間アリーゼと他愛もない会話をしていると。 「アメリアが目覚めたというのは本当か!?」  突然、そんな声とともに勢いよく部屋の扉が開かれた。 「まあ、あなたったらノックもしないで……まだ子供とはいえ、レディに対して失礼じゃなくって?」 「……っと、ああごめん。でも、礼儀なんて気にしていられないよ。何しろ、大切な愛娘がようやく目覚めたんだからね」  ──ギュスターヴ……!  部屋に入ってきたのは、紛うことなきギュスターヴ本人だった。  数年経って、雰囲気は大分変わったようだが。  正直、姿を見るだけでも吐き気がする。一秒たりとも、同じ空間にいたくない。  でも、ギュスターヴを避け続けていたらいつまで経っても報復できない。だから、ここは我慢しないと……。 「アメリア! ああ、かわいそうに……。熱を出して寝込んでいる間、さぞかし辛かったろう? でも、もう大丈夫だからね。そうだ、元気になったら街へ買い物に出かけよう。アメリアの欲しいものを何でも買ってあげるよ」  言って、ギュスターヴは私をぎゅっと抱きしめ頬ずりをしてきた。  ……内心、こちらが嫌がっているということも知らずに。  ──ああ、気持ち悪い。早く、部屋から出ていってくれないかしら……。
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