序幕

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序幕

 澄み切った青空の下、教会への道のりを、何台もの馬車が進む。  そのうちの一台──花嫁を示す薄桃色の花が飾り付けられた馬車の客室では、婚礼用の美しいドレスを身にまとった年若き令嬢が、浮かない顔で外の景色を眺めていた。 ◇◇◇ (ついに、この日が来てしまったのね……)  晴れの日を迎える令嬢にはふさわしくない、深く重い溜息を吐き出しながら、フレイヤ・レイヴァーンはそっと(まぶた)を伏せた。  婚礼の儀のために仕立てられたドレスは実に素晴らしい出来で、ベリシアン王国の貴族女性にしては背が高く骨格も大きなフレイヤの粗を上手く隠し、遠目に見れば華奢なご令嬢のようにすら見えることだろう。  亜麻色の髪は芸術的に結い上げられ、フレイヤの瞳の色とよく似た薄紫の宝石があしらわれた髪飾りが彩りを添える。侍女たちの会心の作である化粧のおかげもあって、顔の方も悪くない見栄えになっていた。  だが、肝心の花嫁から放たれる暗く重い雰囲気が、それらをすべて灰燼(かいじん)に帰している。  空気に耐えかねたのか、付き添いとして馬車に同乗している侍女のベラが、勇敢にも口を開いた。 「フレイヤお嬢様……やはり、他に想い人でもいらっしゃるのですか……?」 「……いいえ」 「そ、そうですよね……」  空気は余計に重さを増し、客室内は沈黙に包まれる。  これではいけないと自戒して、フレイヤは深呼吸とともに辛気臭い顔をどうにか改め、背筋を伸ばした。 (好きな人と結婚できるなんて、貴族の中では幸運中の幸運なんだから、しゃきっとしないと)  そう思うのに、口からまた溜息が漏れそうになって、唇にぐっと力を入れてどうにかこらえる。 (ああ……幸運なはずなのに、どうしても憂鬱だわ。だって……相手からは欠片も思われていないって、わかりきってるんだもの)  気分が沈み、表情は再び辛気臭さを増した。  花嫁がむすっとしていては、相手の評判にも(さわ)るのでどうにかすべきだろう。しかし、先日顔を合わせた時の様子からしてあちらの方がむすっとしていそうなので、おあいこかもしれない。  やがて馬車は減速し、花嫁の到着を告げる教会の鐘の音が鳴り響く。  ゆっくりと開かれる扉。  その向こうでは、“氷の獅子”の異名にふさわしい冷たい薄青の目をした美丈夫が、騎士の正装を身にまとい、無表情に佇んでいた。  彼の名は、ローガン・アデルブライト。  フレイヤの夫となる人なのだが──彼は、これから妻に迎えようとする令嬢の姿を見ると、ぐっと表情を険しくし、視線を逸らす。 「……手を」 「……はい」  差し出された手を取り、フレイヤは一歩を踏み出した。  ──好きな人に愛されない、形だけの結婚への一歩を。
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