八、新たな日々

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「それに、堪え性がないとおっしゃいますが、性急にはなさらなかったでしょう?」 「当然だ。無理に暴けば苦痛を与えるだけになるだろう。苦痛に耐えるだけの初夜がフレイヤの記憶に刻まれるなど俺は御免だ。その……俺の方も慣れぬことなので不安もあったが、フレイヤに強い苦痛がなかったと聞いて安心した」  心底ほっとしたように言う彼の言葉を聞き、フレイヤはもしかして、と淡い期待を抱きつつ首を傾げる。 「……手慣れてらっしゃるような気がしましたが」 「まさか」  含まれている意を察して、ローガンは眉間に皺を寄せた。 「俺が想う相手はフレイヤただ一人だと言っただろう」 「え……ええっ? でも、あまり痛まないように進めてくださって、私をあんな風にして……」  初めてなのにかなり乱れていた自分のことを思って羞恥心が湧き、フレイヤの言い方は若干語弊があるものになった。  それに対してローガンは、笑みを抑えようと真顔になりつつ「俺に身を委ね、素直に感じるフレイヤはそれはもう愛らしかった」と頷くので、フレイヤは余計に羞恥心に苛まれることになる。 「経験がなくとも知識がないわけではない。閨教育──もちろん座学の方だ。それは当然受けているし、その……正直に言うと、騎士団に入りたての頃に店に連れて行かれたことがあって、そこでも教えを受けた。……もちろん座学だ!」  店という単語でフレイヤが目を眇めたのを見て、ローガンが急いで付け加えるが、それはそれで謎だ。 「娼館で、座学ですか?」  跡継ぎを生むことが貴族女性の大事な役割である以上、他家の血を混ぜないよう、純潔はかなり重視されている。  しかし男性側は、不慣れなあまり新妻に負担を掛けるのはよくないという実益や見栄などもあり、閨教育で高級娼婦などを雇って実地訓練まですることもあると噂に聞いたことがある。  娼館通いも、特に騎士のような戦闘職では珍しくない──というのは三番街知識だ。  ただ、閨教育までは家庭教師で、娼館や娼婦の出番はほぼ実地しかないはずだ。娼館で座学というのはどういうことなのだろうか。  フレイヤの疑問に、「こんなことをフレイヤの耳に入れたくはないのだが」と渋い顔をしつつ、娼館へ連れて行かれた経緯を明かしてくれた。  騎士団はほぼ男社会である。戦闘職で危険もあるため、基本的に入るのは家督を継がない三男以降が多く、婚約者がいないものも多い。なので年嵩の騎士が気を利かせて、宴会後などに若手を引き連れ娼館に行くことがあるそうだ。 「俺は酔い醒ましに出ていたせいでその辺りの話を聞き逃してしまってな……二軒目に行くのかと思って同期たちと馬車に乗ったら、着いた先が娼館だった」  こっそり帰ろうとしたローガンだったが、「俺たち騎士は身体もでかけりゃ体力もある。この先お相手の令嬢を酷い目に遭わせないためにも必要な教養だぞ。座学だけで剣が振れるか? 訓練も大事だろう!」と酔っぱらいに熱弁をふるわれ、なるほどと思う部分もあったらしい。 「確かに、俺は騎士の中でも大柄だ。勝手がよくわからないまま衝動に任せて取り返しのつかないことになっては大変だと思ったのだ」  既婚者に話を聞くことも不可能ではないが、身近な人に夫婦のあけすけな話を聞くのも憚られる。相手も、話をぼかそうとするだろうから、結局閨教育と同様の内容になる可能性が高い。  しかし娼婦は女性目線かつ専門職なので、知識も豊富で適切かつ詳細な答えをくれるに違いない──そう閃いたローガンは、座学のために娼館を利用することにした。  そんなローガンを微笑ましく思ったのか、何人かが集まって、あれこれと熱心に教えてくれたらしい。 「閨教育よりずっと詳しく役立つことを教えてもらいはしたが、剣を振らずしてどれほど剣筋を良くできるかは自信がなかった。それでも……剣術とこれとは違うだろう? どうしても『訓練』をする気にはなれなくてな」  一通り話し終えたローガンは「何を話しているんだ、俺は」と渋い顔になる。 「耳汚しだったな。忘れてくれ」 「いいえ、そんな。私……とても嬉しいです。『訓練』して上手なローガンに抱かれるより、たとえ痛くても手間取っても、私に初めてごとすべてをくれるローガンに抱かれる方がずっと嬉しいですもの」  堪えるような切ない表情も、その額に滲んだ汗も、熱っぽく名前を呼ぶ声も、あちこちに触れて翻弄する指先も、時折見せるとろけるような微笑みも。  すべてすべて、これまでもこれから先も、見ることができるのはフレイヤただ一人なのだ。  これほど嬉しいことがあるだろうか。 「……これからも私だけにしてくださいね?」 「当然だ」  またいくつもローガンのことを知って、その温かな腕に抱かれながら、フレイヤは満ち足りた気分で眠りについた。  ──余談だが、翌朝足がよろよろしていたフレイヤは、申し訳なさそうなちょっと嬉しそうなローガンに抱えて運ばれる羽目になったのだった。
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