一、唐突な婚約

2/10
前へ
/110ページ
次へ
 たとえば、王弟が臣籍降下した、もしくは王女が降嫁した公爵家など、王族に準ずる権力を持つような家柄であれば、王家の打診に対して強く異を唱えることもできただろう。  しかし、伯爵家ではそうもいかない。  父も姉も、ローガンも、王太子自身の意向を前にして「はい」と言う他なかったのだ。  引き裂かれた二人のことを思い、フレイヤはきつく拳を握りしめた。 「お姉様は……」 「今朝、王城へと()った」  父が発した短い言葉は、姉が王太子妃になることは揺らがない事実なのだと、フレイヤに知らしめた。 「急な話ですまない。フレイヤがどうしても嫌だと言うなら考え直すが……アデルブライトの(せがれ)ならば、お前を安心して任せられる。私としては、ぜひこの話を受けてほしい」 「…………」  父・レイヴァーン伯爵とアデルブライト伯爵は、文官と武官で立場は違えど懇意(こんい)にしている間柄だ。  それぞれの家に長男・長女が生まれて早々に「いつか娘と息子が結婚したらいいなぁ」などと話していたと、フレイヤは母から聞いたことがあった。  姉のソフィアが王太子妃筆頭候補として旅立った今、レイヴァーン伯爵家に残された娘はフレイヤのみ。両家の結びつきを考えると、繰り上がりでフレイヤがローガンと結婚するのは順当な流れだ。  今ではそれなりに稀な例だが、周辺国との戦争があった時代や、今より医療が遅れていた時代には、亡くなった婚約者の弟や妹を代替として縁組がなされることもよくあったらしい。  とはいえ、まさか自分がその当事者になるとは、完全に予想外だ。 (ローガン様と私が、結婚……?)  信じられない思いを抱え、フレイヤは心の中で言葉を反芻(はんすう)する。  湧き上がってくるのは──困惑と、押し殺せないかすかな歓喜。そして、歓喜する自分への嫌悪感だった。 (お姉様とローガン様の仲睦まじい様子を見て、この恋は諦めようと決めたのに……まだ、こんなに想いが残っていたなんて)
/110ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1343人が本棚に入れています
本棚に追加