一、唐突な婚約

4/10
前へ
/110ページ
次へ
 寄宿学校は、十三歳から十五歳の貴族子弟が入学し、卒業までに最低三年は在学する必要がある。  入学から三年経過すると卒業試験への挑戦権が得られ、新米騎士として騎士団に入団できる程度の実力があると判断されると、ようやく卒業が許可される仕組みだそうだ。  ローガンはきっかり三年、十六歳で卒業した数少ない生徒だった。  卒業からまもなく、約三年ぶりにレイヴァーン伯爵家にやってきたローガンを出迎えた十四歳のフレイヤは、雷に打たれたような衝撃とともに己の恋心を自覚することになる。  成長期の男子の三年は、あまりに大きな変化をもたらしていた。  線が細くて儚げな王子様のようだった彼は、ぐんと背が伸び、体つきもしっかりと逞しくなって、まるで別人のようだった。  生来の整った顔立ちに凛々しさまで加わって、出会いのあの日のように、フレイヤは目を奪われてしまう。 「……フレイヤ?」  すっかり声変わりして、低く響くようになった声で自分の名前を呼ばれると、フレイヤはどうしたらいいのかわからなくなって、駆け寄る足がピタリと止まった。 (わ、私……三年前はどうやってローガン様に話しかけていたのかしら……?)  三年という歳月の中で、フレイヤにも大きな変化があった。  相変わらず、普通の令嬢と比べると二倍か三倍は活発でお転婆だろうが、ちゃんとダンスや作法のレッスンもして、令嬢らしさも身につけた。  さすがにもう本格的な剣術の稽古はせず、護身術程度に留めているし、木登りに至ってはローガンにたしなめられたあの日一度きり。小猿も子犬も卒業したのだ。  しかし、ローガンと過ごしたのは、その小猿・子犬時代である。  当時はルパートとお揃いのような格好で、木剣を片手に「ローガンさま!」と無邪気に駆け寄っていたが、普通の令嬢はそんなことはしない。  では、伯爵令嬢のフレイヤとして、彼から好意的に受け止められるような振る舞いとは一体どんなものなのだろうか。  学んだ通り、優雅にお辞儀をして微笑んで──いや、そもそも、いまさら取り繕ったところで無駄ではないだろうか。ローガンには、木剣を振り回し、男の子のような格好で駆け回っていた時代を、嫌というほど知られているというのに。  そう考えると恥ずかしくてたまらなくなり、フレイヤは視線すらまともに合わせられなくなった。  とにかく何か言わねばと焦りに焦ってどうにか捻り出せたのは、「お……お勤めご苦労さまでした」という謎の挨拶だ。 「あ、ああ……」という、戸惑ったようなローガンの声で、余計に恥ずかしくなる。  いても立ってもいられなくなったフレイヤは、踵を返し、そそくさと彼の前から逃げ出す羽目になった。
/110ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1343人が本棚に入れています
本棚に追加