一、唐突な婚約

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 ──それからというもの、ローガンは以前のように、時折レイヴァーン伯爵家へ顔を出すようになった。  が、フレイヤは過去の自分への羞恥心と、恋心を自覚したことによる照れから、ローガンとろくに顔を合わせられずにいた。  それでも、好きな人の姿は一目見たい。  そこである日、庭園で姉と話している様子を薔薇の茂みからこっそり眺め──フレイヤは、衝撃に硬直する。 (ローガン様のあんな顔、初めて見た……)  ソフィアに何事かを囁かれ、少し怒ったような表情になるローガン。しかしその頬はほんのりと赤く色づいており、本気で怒っている様子ではない。  彼の表情が何を示すのか……になったフレイヤにはわかってしまった。 (そっか……ローガン様は、お姉様のことが好きなのね)  ズキッと痛む胸を押さえて、その場にしゃがみ込む。 (そうよね……。ローガン様にとって、私はお転婆な小猿か、よく懐いた子犬みたいなものでしょうし。お姉様とは幼馴染で、年齢も同じ。それに……)  小猿時代には、優しくてお菓子をくれる姉のことがただまっすぐに好きだったフレイヤだが、周囲の人からの見られ方を理解し始めてからは、少し劣等感を刺激されるようになっていた。 (ソフィアお姉様は、お姫様みたいにふわふわしていて可愛いもの。私みたいな、華奢の「き」の字もない大女を好きになってくれるはずがないわ)  フレイヤがソフィアの背を追い抜いたのは、十二歳の時だった。その後もフレイヤの身長は伸び、今では母よりも高い。  小さい頃は、男の子にも負けない体格を誇っていたけれど、年頃となったフレイヤにとって、身長やしっかりとした骨格は引け目の一つになっていた。皮肉にも、ソフィアとフレイヤは髪も瞳の色もよく似ていて、だからこそ違いが強調される。 (あっという間の失恋だったなぁ……)  無理だとわかっていて思いを告げるほどの度胸もなく、フレイヤは恋心に蓋をする道を選んだ。  ──それから約一年後。  ソフィアとローガンが十七歳になった年に、二人の婚約が発表されたのだった。
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