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ややこしい裏事情の話は終わり、それからはしばらく雑談の時間になる。
実のところソフィアは三年前から王太子妃になることがほぼ決まっていて、教育もおおよそ終わっているため、今は割とのんびり過ごせているらしい。
二ヶ月後には婚約式を開いて婚約を正式なものとし、来年には国内外から来賓を招いて盛大に挙式するそうで、フレイヤも今から楽しみだ。
──帰りの馬車の中。
軽快に走る馬の蹄の音を聞きながら、ローガンとフレイヤは並んで静かに座っていた。
フレイヤがちらりとローガンの横顔を見上げると、視線に気づいたのか、彼の薄青の瞳が向けられる。
「どうした?」
「あの……ローガン様。私の傷もすっかり良くなりましたので──」
「そうか!? ……いや、無理はしなくていい。俺は焦らない。フレイヤを大事にすると決めているからな」
「……?」
なんだか話がずれている気がして首を傾げたフレイヤは、やがて、ローガンが何を考えたのか察し、赤面しつつ慌てて訂正する。
「そ、そうではなくて……以前誘っていただいたように、一緒に遠乗りに行けたらと思ったのです……」
「……! すまない……」
二人して少し頬を赤くして、馬車に揺られることしばらく。
ローガンが「行こう」と頷き、フレイヤは微笑んだ。
「……フレイヤ。一つ提案があるのだが」
「なんでしょうか?」
「小規模なものになるが……婚礼の儀をやり直すのはどうだろか。……俺は、できることならあの日からやり直したいと、夜会の夜からずっと考えていた」
「……!」
思いがけない提案を受け、フレイヤの胸に驚きと嬉しさが広がっていく。
何も言えずにいるフレイヤの両手をそっと取ったローガンは、真剣な面持ちで言葉を続けた。
「あの日のフレイヤは、本当に美しかった。だが……浮かない顔をしていて、俺は後悔したんだ。父同士の強い望みを利用する形で結婚を急ぎ、俺のすべてをもって幸せにする覚悟だったが、肝心のフレイヤの気持ちを蔑ろにしていたと」
「ローガン様、そんなことは……。私の方こそすみません。思い違いをして、辛気臭い顔で式に臨んでしまいました。私が笑顔ならローガン様も──」
「いや、浮かない表情のフレイヤですらあまりに美しく愛しくて、あの日の俺も険しい顔をしていただろう。笑顔だったなら余計に酷かったはずだ」
「ああ……それもそうでした……」
ローガンの表情が険しくなる理由については、既にフレイヤも把握している。
あの日、馬車から降りたフレイヤを見てローガンが渋い顔になり目を逸したのは、『美しい……! 直視すると表情がみっともなく緩んでしまう……!』の意だったというわけだ。
ちなみに、この問題は今も継続している。
ローガンは『騎士としてだらしのない顔を晒すわけにはいかない』『フレイヤにみっともない顔を晒したくない』という意識が強く働いているようで、本人もなかなか変えられないらしい。
しかしもう誤解することはないし、そこも含めて愛しく感じるので、フレイヤとしても治らなくてもいいかなと思い始めていた。
「それで……どうだろうか」
「……とても嬉しいです。やりましょう、ぜひ」
「ああ」
少しぎこちなくも微笑んだローガンは、優しくフレイヤを抱き寄せる。
「帰ったらさっそく、侍女たちに準備を頼んでおきます」
「ああ。俺は主教に連絡を取っておく」
「ありがとうございます。……そういえば私、あの時はローガン様をきちんと見られなかったのでした。改めて見ることができるのも嬉しいです」
「……俺もだ。今思うともったいないことをしたな。今度はよく見せてくれ」
「もちろんです」
遠乗りや式のやり直しから、なんてことのない穏やかな日常まで。
これからの日々が楽しみで仕方なくて、フレイヤは頬を緩めながら、愛しい人の腕の温もりに包まれるのだった。
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