4.ホエタイ

1/1
前へ
/8ページ
次へ

4.ホエタイ

「吠える?」  拝み屋はパン屋の主人が仕舞い忘れたブラックボードの三角にクロワッサン寝していた。シャッターの振動を感じられるように尻尾をちゃんと触れさせている。 「そーなん。僕ら猫は鳴くばっかり、どんなに感情を乗っけても未練たらしく伸びきってるにゃ」  拝み屋を見上げて顔の平たく丸い幼い猫が熱っぽく語る。 「ボクにはそれが好ましく思えるけどな、声が音になっても自分のだって責任持てる気がするぜ」 「にゃ、っははは。好みはそれぞれ猫舌一択ってね。あのね、瞬発の犬の吠え声ってやつが数重なって放たれるとさ、そいつは道になるんだな。魂の抜け道にな」  シャ。  尻尾に着弾した初速がシャッターを震わせる。 「ピストルみたいなことかい」  拝み屋は体を反転させて背筋に微量な電気を這わせた。目はじっと幼い猫を見据えている。 「まー、そーだね」  幼い猫はちょっと笑った。 「何に向けて撃つつもり?」  幼い猫はそう訊ねられてもっと笑った。 「的があるとそこまでじゃん。ん、あるとするならそう、的は僕自身だ。吠えて、吠えて、空間を直進する魂の道は、真っすぐが過ぎて湾曲する、それは星の諦めに似ている」  シャシャシャシャシャ……。  ページがめくれる。  幼い猫が叶えたい夢の書かれたページに、拝み屋の肉球が一閃する。  そのページで、幼い猫は「ワン、ワン」と無実の弾を撃ち続けていた。  翌日。  昼間。  パン屋の前は紙袋抱えた人の往来が途切れない。  拝み屋は昨夜からずっとブラックボードの三角に居続けだ。 「ワン、ワン」  何処か遠くで犬の吠える声を聴いた。  夜。 「ワン、ワン、ワン、ワン」  シャッターの前で毛繕いをする拝み屋の視線に、魂が通過する。 「ワン、ワン、ワン、ワン、アオーーーーーーーン」 「そうか」  と、拝み屋は思った。 「逃げ口があるってことは、鳴くことではなく、吠えることなんかもしれにゃいねぇ」  魂は吠え声の先導する道を直進していく。長くなり過ぎて弛むまで。そして、的である自分の背中を驚かすまで。 
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加