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4.ホエタイ
「吠える?」
拝み屋はパン屋の主人が仕舞い忘れたブラックボードの三角にクロワッサン寝していた。シャッターの振動を感じられるように尻尾をちゃんと触れさせている。
「そーなん。僕ら猫は鳴くばっかり、どんなに感情を乗っけても未練たらしく伸びきってるにゃ」
拝み屋を見上げて顔の平たく丸い幼い猫が熱っぽく語る。
「ボクにはそれが好ましく思えるけどな、声が音になっても自分のだって責任持てる気がするぜ」
「にゃ、っははは。好みはそれぞれ猫舌一択ってね。あのね、瞬発の犬の吠え声ってやつが数重なって放たれるとさ、そいつは道になるんだな。魂の抜け道にな」
シャ。
尻尾に着弾した初速がシャッターを震わせる。
「ピストルみたいなことかい」
拝み屋は体を反転させて背筋に微量な電気を這わせた。目はじっと幼い猫を見据えている。
「まー、そーだね」
幼い猫はちょっと笑った。
「何に向けて撃つつもり?」
幼い猫はそう訊ねられてもっと笑った。
「的があるとそこまでじゃん。ん、あるとするならそう、的は僕自身だ。吠えて、吠えて、空間を直進する魂の道は、真っすぐが過ぎて湾曲する、それは星の諦めに似ている」
シャシャシャシャシャ……。
ページがめくれる。
幼い猫が叶えたい夢の書かれたページに、拝み屋の肉球が一閃する。
そのページで、幼い猫は「ワン、ワン」と無実の弾を撃ち続けていた。
翌日。
昼間。
パン屋の前は紙袋抱えた人の往来が途切れない。
拝み屋は昨夜からずっとブラックボードの三角に居続けだ。
「ワン、ワン」
何処か遠くで犬の吠える声を聴いた。
夜。
「ワン、ワン、ワン、ワン」
シャッターの前で毛繕いをする拝み屋の視線に、魂が通過する。
「ワン、ワン、ワン、ワン、アオーーーーーーーン」
「そうか」
と、拝み屋は思った。
「逃げ口があるってことは、鳴くことではなく、吠えることなんかもしれにゃいねぇ」
魂は吠え声の先導する道を直進していく。長くなり過ぎて弛むまで。そして、的である自分の背中を驚かすまで。
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