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5.ノララジオ
「野良のラジオ?」
パン屋のシャッター前。拝み屋は手遊びに月の光を編んでいた。月の輪の冠を授けてあげたい誰かを想いながら。
「うん。野良猫になっちまうことを気にしていたから」
全身鼠色の痩せた猫が月と拝み屋の間を視線往来させながら語っている。夜風が時々彼の声を浚った。届けたい相手でもいるかのように。
「ふうん。野良猫じゃないよ、野良のラジオだよって、屁理屈みたいだね」
「なんでもいいよ。なんでもいいんだよ」
猫は少し尖って二等辺な耳を心の先兵みたいにキリキリに立たせている。拝み屋は月の光を編みながら、ずっと心配していた。鼓動の品評でもされやしないかと。それほど、ラジオになりたいと語る猫の耳は澄んでみえた。
「心地の良いメロディーが流れるとニヤケルんだ」
自分もニヤケテみせるのに、ちょっとも笑顔にみえなかった。
「天気予報が明日の晴れを報せると目を見開くんだ」
自分も目を見開いてみせる、けれども全く目は曇っていた。
「自分の送った便りが読まれると、体に爪を立てた。痛みのレコードだって言ってた」
自分も体に爪を喰い込ませる、痛みを感じて止めることがなさそうで危なっかしい。
「好きな歌が聴こえると……」
シャン。
猫が耳をひと際立てた瞬間。夜風が無風に遠慮して、星が唄う。
シャシャシャシャ……。
シャッターが振動して、拝み屋の目がクルクル回る。サっと編みかけの月の輪を頭に投げて、肉球を振るうタイミングを待っている。
「口をパクパクさせた。あの人は歌が下手だったから、決して声は出さなかった。猫の僕にはその気持ちはわからなかったけどね。僕なら順位は自分で決める。そして勿論、唄いながら一位にするんだけど。あの人は飼われているでもないくせに、檻を抜け出せずにいたみたいだ。たくさん鳴いたよ。口をパクパクさせるまでと思ってさ。でも、してもらえなかったから、僕の夢は、一緒に唄うことだ。もう順位の列から降りたにゃろうから。僕は、あの人のラジオになりたい」
一閃。
肉球がめくれるページをストップさせる。
そのページには、唄うものたちが書かれていた。
翌日。
夜、拝み屋は頭の冠をクシャクシャ丸めてちぎって幾つかの玉を拵えるとお手玉をした。誰にもみえない月明かりのお手玉は失敗することがなかった。
「明日の降水確率は終日0パーセントです、お出かけ日和となるでしょう」
野良のラジオ猫がゆっくりと石畳を歩いて行く。
「今日最後の曲は、匿名のリクエストです、ステアウェイ・トゥー・ムーン。今夜も月が綺麗ですよ。見上げてみませんか、お聴き下さい」
野良のラジオ猫は唄い出す。足を止めて。
すると。
歌声が被さって、聴こえた。キョロキョロと辺りを探しても、猫っ子一匹いやしなかったのに。
拝み屋は失敗しないはずのお手玉を落っことして言う。
「随分いい飼い主だったらしいにゃ、リクエストの宛先を教えてくれよ」
返事はなく、唄い終えた野良のラジオ猫は悲しいニュースを読み上げながら、歩いて行ってしまった。
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