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6.ユメナメ
「また冷やかしにきたのかい?」
その夜、シトシトと空への道脆くちぎれる雨が降っていた。拝み屋はパン屋の閉じたシャッターとにらめっこをしている。
「凄い、気配だけで私だってわかってくださるだなんて、光栄よ」
顔と足が黒く透き通ったブルーの目をした雌猫が拝み屋に手を打って語りかける。名前をドリィといった。
「いんや、外灯が反射して君が映っている」
「なぁんだ」
ドリィは後ろのオレンジ色して立っているやつを一瞥して心を乱さなかった。
「今日はね……」
と寂し気に言ったまま、言葉を繋がない。拝み屋の方が我慢できずに、「なんだよ」と言った。声はシャッターをバウンドしてドリィに届く。
「こっちをみてくれないの?」
拝み屋にはわかっていた。今日のドリィが冷やかしにやってきたのではないことが。だからこそ意地になってシャッターに勝とうとする。今、彼はとっても変な顔をしている。
「だから、みえているから」
とだけ、ドリィに言った。それは彼なりの優しさだった。
「今日は、そう、ブラシよ」
ドリィは嘘の味方をたっぷり引き連れた女王のように気丈な声で話しを始めた。
「おっきな口の小さい瓶に、私が吸い込まれる、んじゃない、私の方から飛び込んでいくの。それはそれは小さな口だから、私はそれはそれは細くなるのよ、そして、体いっぱい透明を楽しんで、飽きたら出てを繰り返すのね。素敵な夢でしょう?」
猫が夢を語るのに、シャッターが震えない。
ドリィは自分の夢に興味がない、特別な猫だった。なのに、夜毎顔を出しては夢を語るのだ。拝み屋は不思議に思っていた。けれどいつか、シャッターとにらめっこする夜を予見して、不思議を解いていた。
「わからないね。いい夢だか、どうだか、ボクにはにゃんにもみえないんだものね」
「やっぱりか」
ドリィは誰かに借りたみたいな言葉を呟く。今夜のドリィはらしくない。
「今日は謝りにきたのよ」
薄く湿った体を舐めて、ドリィはらしくなさで語る。純粋ならしくなさが拝み屋の背中にドォンとぶつかって、拝み屋はシャッターに負けそうになりながら耐えていた。
「前にも話したけれど、私は猫たちの夢を舐めて生きている。自分の夢になんかまるで興味がないから。それも拝み屋のあんたが夢を現実にしてやった猫たちの夢。夢の次の夢よ。私は猫の足跡を踏むことで夢の味を感じるのだけど、そりゃ格別でしたこと」
「変なやつ、というか、相当に意地が悪い」
「ふふ、おおせのまま」
「こう、雨を飲むとするでしょう。みてる?」
「うん」
「飲める水はほんの少々、こぼれていくわよね、たくさん」
「ああ」
「私はこぼれた水が飲みたいのよ。きっと美味しいの。私の舌が喜び跳ねて捻じれるぐらいに。でも、私は生涯口からこぼれなかった水しか飲めない。それが悔しくって。私にとって、彼らの夢はこぼれた水なんだわ」
「生きるってのは、難儀だね」
拝み屋は目を閉じていた。ドリィに嘘をつきたくなったから。今夜はそれがいいと思ったから。
「私は捻じくれて歩くのが好きなの。目に星を飼った猫はライオンを飼う夢をみているわ。火の輪くぐりを教えてやりたいみたい。空を滑る猫は宇宙を歩く夢をみているし、ラジオになった猫は雌猫と共鳴きする夢をみている。拝み屋が叶えられる夢は一個だけ。彼らが決して誰にも話さない、肌身離さず持っている夢。足跡にこぼし続ける夢」
「用件は?」
クルリと拝み屋はドリィを振り向く。拝み屋は笑っていた。シャッターに負けて、ドリィに勝つつもりでいたのに、ドリィはその笑顔に驚きもしない。
「私が自分の夢に興味を持てないのは……」
ドリィはじっと透き通ったブルーで拝み屋を貫く。
「あなたを救うためだと思ってた」
「でも、違った」
「ってことにね、気付いたから」
「眠らない、なんて、なんてことよ、あんた」
「そんな苦しみから、私が救うんだって、その気でいい気になってた」
「だから、謝りにきたの」
拝み屋は雨に濡れながら、ただ、いた。
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