ポケットフォン

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 家に帰るとナキリはキッチンの戸棚に置いてあったお菓子と冷蔵庫からジュースを取り出し、抱えると二階の自分の部屋に閉じこもった。  お菓子を食べながら宿題をし、偽物のポケホのゲームをしてダラダラと過ごしていた。  窓の外がオレンジ色に染まり始め、五時を知らせる町のチャイムが聞こえてから、数十分後に玄関の扉の開く音が聞こえた。  読んでいた漫画を閉じ偽物ポケホを掴むと、勢いよく階段を降り帰ってきた人物の前にナキリは立つ。 「あら、ただいまナキリ」 「おかえり……じゃなくてこれ!」  ナキリは、帰ってきた母の前に自身のポケホを突き出す。 「これって? ポケホがどうしたのよ」 「お母さんが買ってきたポケホ偽物だったの!」  ナキリの悲痛な言葉も母には響いていないらしく、「あら、そう」と言うと、靴を脱ぐと帰りに買ってきただろう食材の入ったマイバッグを持ち上げ、キッチンの方にそのまま歩いて行った。 「本物に買い直してよ!」  先程学校では、リンの慰めに気を遣い元気を取り戻したふりをしていたが、やはり本物が欲しいに決まっていた。 「何言ってるの、使えるんならいいでしょ」 「良くない! 偽物なんて詐欺じゃん」 「でも、最新版だって言われたわよ」 「誰に!」 「確かピエロみたいな見た目の店員さんが、最新版のポケホの販売記念だからって半額で売ってくれたのよ」  「ラッキーだったわ〜」なんて、ナキリの感情なんて知りもせずに明るい声をあげる母親に怒りを覚えるナキリ。  最新版をいきなり半額でなんて売ってくれるわけがない。ピエロの見た目なんていかにも怪しさ満載だ。確実に騙されている。  母親と言い合いをしていると、玄関の扉が開く音がした。 「ただいまー」  ナキリの弟のソウタが帰ってきた。  いつも友達とサッカーをしてから帰ってくるため、ナキリより帰りが遅いことが多かった。 「おかえりソウタ……ナキリ、ポケホ要らないんだったらソウタにあげなさいよ」 「……はぁ!?」 「何? 俺のこと呼んだ?」  手洗いをしに洗面所に行っていたソウタが、嬉しそうにナキリと母のいるキッチンにやってきた。 「お姉ちゃんが、ポケホ要らないからソウタにくれるって」 「ほんと! やったー姉ちゃん優しいとこあんじゃん」  母の言葉に喜んだソウタはカウンターキッチンの反対側から手を差し出してきた。 「あげないわよ! お母さんも勝手なこと言わないで!」 「なら、文句言わずに使いなさい」  夕飯の支度をしたいからか母は、キッチンからナキリを追い出す。  ナキリは諦めてソウタからポケホを隠すようにして自分の部屋に戻ることにした。 「ちぇー、なんだよ」  ソウタは残念そうにしていた。  ◇ 「ははは、さすがナキリママ強しだね」 「もー、間違えて買ってきたのはお母さんなのに酷いと思わない?!」  夕飯を食べお風呂に入ったナキリは、学校で約束していた通りリンと電話をしていた。  さっきあった出来事をリンに話すが、彼女は笑いながら聞いているだけだった。 「でも、ソウタ君にポケホ渡しても新しいの買ってはくれないんでしょ?」 「多分……そんな雰囲気だった」 「なら、今ので我慢するしかないでしょ」  リンの言っていることは最もだが、年頃の女の子はやっぱり正規品が欲しいものだ。非公式のポケホを使っている人なんて自分しかいないだろうし、みんなにバレたら笑い者は確実だった。 「大丈夫だって、しっかり見ないとわかんないぐらい忠実に作られてるから」 「うーん、それっていいことなのかな」  本物に似た偽物って良くないことだと思うが今回ばかりは救いである。ナキリはなんとも言えない複雑な気持ちになっていた。  高校生になればスマホを持つわけだし三年間の辛抱だ。  悶々とする気持ちの中で、今持っているポケホを使うしかないと諦めるしかなかった。 「あ、そろそろ時間だから切るね」  リンの声で自分の部屋に置かれた時計を見るとリンと通話をし始めてからちょうど一時間が経とうとしていた。  ポケホに付いている電話制限時間により、基本的に家族以外では、平日は一日一時間以上の電話は出来ないようになっている。  楽しい時間はあっという間に過ぎていくものだ。 「それじゃー、リンおやすみ」 「おやすみー、また明日ね」  諦めるのはしゃくだがどうにもならないと諦めたナキリは、お休みの言葉をリンに告げると電話を切り、そのまま眠りについた。
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