砂漠で犬が吠えている

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「七百三十九番の方、五番窓口までお越しください」  不意に呼び出し音の嵐が吹き荒れ、本がパタンと閉じられるように現実に引き戻される。番号を呼ばれたにも関わらず、思わず怒りが湧いてくる。——今やっと筆が乗ってきたところだったのに! いつだって天啓は時を選ばず、現実は空気を読まない。  窓口に進むと、淡々と書類の処理が始められる。お祝いの言葉もなく、不備を告げられることもなく、次は呼ばれたら七番の窓口へ、と解放された。処理が終わったからには婚姻届は受理されたのだろう。七番と二番の窓口に呼ばれるまで、同じ流れを繰り返した。以下略。  市役所を出る頃には、一千年の軛から解き放たれた後のように酷く疲れていた。自由への喜びより、眼前の不毛の大地の広さに、途方に暮れる。  都会の砂漠を行く。砂漠で一つ、犬が吠えた。
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