砂漠で犬が吠えている

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「貴女にしかできないことです」  本当にそうだろうか? 私の皮を剥いでその辺の犬にでも被せれば事足りそうではないか。私が私であることを書類と顔でしか判断しないのだから、私の顔を持った何かが居れば、私である必要なんて微塵もないのに。  空想の世界で犬が吠える。ああ、犬だと呼ばれても用件を伝えられないんだっけ。どうでもいい。本当に何でもいいから早く解放して欲しい。この後には免許証の更新をして、その足で銀行と郵便局を何件も行脚しなければならないのだ。今日中にそれらの手続きを終わらせなければならないとなると、もうこれ以上待つことはできない。その前にお昼ご飯も食べたい。仕事も無理を言って有休を取ってこの場に来ている。砂漠のど真ん中でピアノを弾いている場合じゃない。 「七百三十八番の方、六番窓口までお越しください」  それにしても七百三十八番ばかり呼ばれている気がする。次こそが私の番号のはずなのに、もう幾千日も経ってしまったかのよう。もしかしたら機械の不調か所員の不手際か、何らかの不備があって私の番号は永遠に呼ばれないのではないか。
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