砂漠で犬が吠えている

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「七百四十番の方、五番窓口までお越しください」  時折、深く空想の世界に沈み込み、呼び出し音が鳴る度に意識を浮かび上がらせる必要がある。現実の方が白昼夢であり、砂漠を歩くことこそが私自身の生活であるような気がしてくる。空想の中では葬列のように駱駝の群れが続いている。いつの間にか隊列からは犬が姿を消した。番号札五十一の方の連れだったらしい。連なる椅子に座るのは私の他に二人。同じ椅子に座ったよしみで、共に旅に出る空想に励む。  旅の道連れは駱駝が三頭、頭巾を被った眼鏡の老女、長い黒髪の少女が一人。眼鏡の老女は日中にあっても深々と頭巾を被り、蒸れと戦いながら頭皮が剥がれるのを避けようとする。乙女の嫋やかな黒髪も、すぐに日に焼けてしまうだろう。きっと彼女は艶やかな髪を守るために、夜にしか旅に出ない。  夜な夜な窮屈な体から抜け出し、少女は旅に出る。駱駝の背に揺られ、彼女は黄金の城を目指す。城の主人は彼女の黒髪に口付けを交わすだろう。そして麗しの名を教えるよう乞い跪くに違いない。黄金の城で彼女は三百七十九番目の妃となるだろう。少女はやがて成熟し、美しい艶やかな花を咲かせる。一年に一度お渡りがあるかどうか分からない城で、彼女は何を想うのだろう。遍く満たされた宝石箱、多彩な糸が綾なす絨毯、瑞々しい果実、そこにはこの世の財の全てがあるが、ただ一つ、欲しいものだけは手に入らない——。
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