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「うわぁ……」 スレッドは途中で終わっていた。 どうやらスレ主である、コテハン【イッチ】は行方不明になった、ということらしい。 「結構楽しめたな」 考さんが満足気に呟いて、僕を見てきた。 「さて、スー君。 ちょっとこのスレッドに関して、考察をしようじゃないか。 感想の言い合いでもいいが」 「感想……。 真っ先に浮かんだのは、【クトゥルフかよ!】でしたね」 あとは、と言いかけて考さんが先に言葉を紡いだ。 「あぁ、ラヴクラフトのダゴンか」 「あとは、桜の枝、折っちゃダメだろ、ですかね」 言いかけたのとは別の感想が口をついて出た。 まぁ、これも本音だ。 「常識だな」 「考さんはどうなんです? どんな感想を抱いたんですか?」 「そうだなぁ。 まぁ、中々楽しめたかな、と」 そこで考さんは、再び携帯端末に視線を落とした。 そして、こんなことを聞いてきた。 「スー君は、これ、この起こったことは【ホンモノ】だと思うか?」 「んー、そうですねぇ。 考さんは、どうなんです?」 僕は、自分の答えを後回しにして、先に考さんの考えを聞きたかった。 「私? そうだな。 スー君はこういう事に詳しそうだから、わざわざ口にするのはアレなんだが。 ……こういった、人が消える事件ってのは世界各地にあるんだ。 昔からな」 なんて、前置きをして考さんは続けた。 「紀元二世紀のローマ第9軍団の集団失踪。 1284年6月のハーメルンの笛吹男伝説。 1590年8月のロアノーク植民地集団失踪事件 1593年10月のマニラ知事官邸を警備してた兵士が、メキシコに現れた事件。 1809年11月、オーストラリアでイギリス大使が他人の目の前で消えた件。 1872年12月、メアリー・セレスト号事件 あ、念の為に言っておくと、この12月ってのはこのメアリー・セレスト号って船が発見された月だ。 船員の姿はなく、湯気の立つ温かな食事が用意されていた、という光景で有名な事件だ。 1913年、作家アンブローズ・ビアス失踪事件。 1915年8月、ノーフォーク連隊集団失踪事件。 トルコのガリポリ半島でイギリス軍の部隊の一つが丘の上で雲に包まれ、消えた事件だ。 1917年10月、セルティックウッドの怪。 これは同名の土地で、ドイツ帝国陸軍守備隊に攻撃を図った、オーストラリア陸軍第1師団第10大隊の将兵71名が痕跡を残さず失踪した事件だ。 1930年11月、イヌイットの村の村民全員が消えた事件。 そして、これはもしかしたら日本だと【ハーメルンの笛吹男】と【メアリー・セレスト号事件】と同じくらい有名な失踪事件の一つかもしれない。 1937年、もしくは、1939年12月、中国で起こった失踪事件だ。 長江の橋のたもとで、軍事行動中だった中国兵三千名が消えた事件」 僕は、考さんを見て呆れてしまった。 「覚えてるんですか?」 「というより、忘れられないんだよ」 「それって、サヴァン症候群ってやつですか? それとも瞬間記憶能力??」 「んー、どうなんだろ? ちゃんと調べたことはないからなぁ。 実生活で、困ったことなかったし。 まぁ、その話は置いておいて。 全てではないけど、これだけの行方不明事件は歴史のあちこちで起きてるんだ」 「あー、はい、いくつかは漫画とか映画のネタになったりしてますよね」 主に、青い猫型ロボットの漫画と映画で見た話が混じってる。 僕にトラウマを植え付けて、けれどそう言った不可思議な話に興味を持つキッカケになった作品だ。 「それで、その話がどうしたんですか?」 「面白いことに、いくつかは後付けの作り話だったことがわかってるんだ」 「そうなんですか?」 「そう、一つ紹介しよう。 メアリー・セレスト号事件が、それだ。 この事件、裁判になったらしい。 で、後世の人達が第一資料を調べたら、船を見つけた人達が乗り込んだ時に目にしたっていう、湯気の立つ料理とかその他諸々の不可解な光景の証言は無かったんだって。 たぶん、当時の新聞記事とかメディアがおもしろおかしく伝えたとか、人の耳に入って噂があちこちに広がっていく過程で付け加えられたんじゃないかなって思うんだよねぇ。 あとは、最後の長江の話。 これね、今で言うとデータ上、紙の上だと三千名がいたとされてて、でも現実はそこまで人数が居なかったんじゃないか、とか色々言われてる。 まぁ、真相は定かじゃないけど、現実的に考えるとそっちの方が納得できるなって思うんだよねぇ。 あ、二つだったな」 「そういえば、長江の話は年月日が2つあるんですね。 なんでですか??」 「あー、それは。 創作物で取り上げられてるのが1937年なんだけど、元ネタが1939年に起こったとされてるんだ。 誤表記だったのか、わざとそうしたのかはわからないけれど」 「へぇ」 「まぁ、今言った事件のほとんどはすでに伝説と化している。 だから、本当はどうだったのか、というのはそんなに問題じゃない。 けれど、メアリー・セレスト号事件のこともあるから、それを考えると今回のスレの件も眉唾物だと考えた方が無難だ」 「じゃあ、嘘だと?」 「君もそう思ってるんじゃないのか? ん?」 「え、なんでそう思うんですか?」 「ブラウン神父の【呪いの書】と同じだから」 「あー、なるほど。 まぁ、たしかにそれもありますけど」 「けど?」 「考さんも、気づいてるでしょ?」 「何に?」 考さんが楽しそうに返してくる。 「だって、この掲示板を立てたスレ主の人、書き込んでるじゃないですか」 僕は言いつつ、もう一度携帯端末を見た。 そこに、表示されたスレ主こと、イッチの書き込みを見る。 まず、最初の書き込みだ。 【うぅ、たのむ!! そうだんのってくれ!!】 この部分。 ここだけ平仮名なのだ。 そして、ここの頭文字を縦読みすると、【うそ】になる。 つまり、【嘘】ということだ。 まぁ、ここだけならタダの偶然とも取れる。 しかし、である。 さらにスレッドを読み進めていくと、友人からのメッセージのスクショが出てくる。 不自然な書き方、改行をされてる、メッセージだ。 【桜の枝があるんだ!!  怖い怖い怖い怖い!!  霊がくる!!桜の化け物が!!  早く逃げろ!!  捕まったら、おわ  り】 このメッセージの、桜の枝がある、という部分以外。 【怖い】から下の文章、その頭文字を抜き出して、縦読みするのだ。 つまり、【怖】【霊】【早】【捕】【り】の五文字。 これを全て平仮名にすると、【こわ】【れい】【はや】【つか】【り】になる。 この頭文字を縦読みで読むと、 【こ れ は つ り】 という言葉が浮かび上がってくる。 つまり、このスレッドに書き込まれた話が、【嘘】であり【釣り】なのである。 あとは、これらの話が全てスレ主一人によって語られている点だ。 客観的な行方不明が出た、という証拠は何一つない。 いくらでも嘘がつけるというわけだ。 僕は考さんに以上のことを説明した。 「なるほどなるほど、まぁ、うん、答えが載ってたってのはその通りだ。 そして、これがスレ主の狂言なのもきっとそうなんだろう。 ちなみに私は、タイトルを見た時に【ツクリモノ】だって気づいたんだ」 「なんでですか?」 「桜の木が人を襲ったり、ましてや喰ったりするわけないだろ。 ファンタジー小説や、RPGに出てくるモンスターじゃあるまいし」 「いや、それ言ったら終わりなんじゃ」 考さんは、やはり楽しそうに微笑んでいた。
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