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「なんていうか、雑食だな、君は」  そう言ったのは、隣に腰掛けた(コウ)さんだ。  先日、ちょっとしたことで知り合った考察が好きな女性である。  考さん、というのは本名ではない。  あだ名のようなものだ。  彼女も僕のことを【スー君】と呼んでいる。  これも僕の本名ではない。  お互いのあだ名の由来は、とある匿名掲示板で使っていたそれぞれのコテハンから来ている。  考さんは【考察厨】から。  僕は【スレ主】だ。  まぁ、その匿名掲示板を利用した経緯は、また別の話になるのだが。  僕と考さんは、匿名掲示板を介してリアルで顔を合わせることになり、現在に至っている。  というのも、僕も考さんも、この公園が家から徒歩圏内にあるのだ。  つまり、僕達はある種のご近所さんだったのだ。  僕は読書のため。  考さんは、散歩でこの公園によく来ている。  でも今まで顔を合わせることは無かった。  いや、もしかしたらすれ違うくらいはしていたんだろうけど、お互い気を止めていなければまず挨拶すら交わすことはない。  しかし今は、時折こうして顔を合わせることがある。 「そうですか?」  僕は読んでいた本から視線をあげ、考さんを見た。  考さんはといえば、僕の読んでいた本を見ている。 「まぁ、早いうちに陰謀論にハマっておくのは悪いことじゃないけど」 「あー、大人になってからハマるとヤバいって聞きますもんね」  僕は読み物として楽しんでいるからセーフのはずだ。  それはそれとして、ビックフットとネッシーは絶対いると信じてる。  あと、某国は宇宙人をとっ捕まえて解剖しているに違いない。  きっと、この日本にも未確認飛行物体が飛んできてる。  絶対そうだ。  という冗談はさておき。  まぁ、僕が読んでる本はそういう古典的なネタから、わりと最近のヤバいネタまでを取り扱ってる、アレ系な本だ。  ブック〇フで五十円で売ってたので、買ってみた。 「でも、普通におもしろいですよ?」  僕はまた本に視線を戻す。  これで五十円なのだからいい買い物をしたと思う。  ちなみに、あと五冊ほど小説を買ってきた。  ミステリではなく、ホラーとファンタジー、SFだけど。 「なんていうか、ミステリだけしか読んでないかと思ってた。  先週はミステリの古典の一つ、チェスタトンを読んでなかったか?」 「あー、ブラウン神父シリーズは短編だから読みやすくて好きですよ。  【呪いの書】が好きです」 「もしくは、【古書の呪い】だな。 その前は、小野〇由美だったし」 「残穢が好きです」 「かと思ったら、ハ〇ポタ読んでるし」 「なんていうか、覆水盆に返らずってこういうこと言うんだなって。  あ、親世代の話ですよ」 「とりかへばや物語も読んでなかったか?」 「千年前も現在も人間が考えることってそんなに変わってないですよね」 「ドイルを読んでるなと思ったら、ホームズじゃなかったし」 「失われた世界、その知名度の割に意外と作者を知らない人多いですよね」  タイトルは知ってるけど、作者を知らない。  あるいはその逆もしかり。  僕達の交流は毎回こんな感じだ。  雑談して終わる。  やがて、会話が途切れる。  僕は本に集中する。  考さんは、携帯端末に視線を落とす。  しばらく、無言続く。  やがて、 「おっ」  考さんが楽しそうな声を上げた。  ちょうどこちらも、キリのいいところまで読み終わったのでそちらを見た。  すると、やはり楽しそうな考さんの顔が見えた。 「オカ板におもしろそうな相談スレが立っている」  考さんは呟くと、その画面を僕に見せてきた。  スレタイは、 【神隠し】人喰い桜に肝試しに行ったら、人が消えた件  という、なんとも()()()()()タイトルだ。 「オカ板の九割はヤラセですよ」  僕は苦笑しつつ、考さんに言葉を投げた。  むろん、それをわかっていて楽しむのだが。  しかし、考さんの反応は少し違った。 「おや、じゃあ君は残りの一割は【ホンモノ】だと思ってるわけか」 「起きる現象、その全部に理屈が付けられるとするなら、そんな世界はつまらないじゃないですか。  不可思議で不気味で説明できないファンタジーは、あってほしい派です」 「ふむ、まぁ、それはそれとして。  このスレの内容は【ホンモノ】か【ツクリモノ】かどちらだと思う?」 「読んでないのでなんとも。  考さんは、どう思います?」 「私もこれから読むところだ」  僕は愛用している鞄に本をしまうと、携帯端末を取り出した。  そして、件の匿名掲示板のサイトを出して、同じスレを見つけると、目を通す。  ちらり、と考さんを見た。  彼女は楽しそうに微笑んでいる。
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