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牽制
騒がしい会場をあとに、閑散とするロビーに出たところで、未来はたまらず、創太に声をかけた。
「そ…、どこまで行くの?」
すると創太は振り返り、それ、と笑った。
「やっぱり不自然なんだよな。中西さんとか道田さんとか。お互い上の名前で呼ぶ方が、意識してる。」
あまりに図星で、未来は反論が出来ない。
「座ろう。疲れただろう?」
そう言うと、創太はスタスタと歩いて行き、空いているソファーに腰を下ろした。
まるで置いてけぼりにあったかのように立ち尽くしていた未来も、仕方なく向かいのソファーに座った。
「鏡を見ているようでさ。必死に平静を保とうとしている未来の顔、見てられなかった。」
それでも困った顔をしている未来に、創太は言った。
「みんなの前では、あと仕事の時も呼ばないよ、名前では。でも今はいいだろう?未来だって咄嗟に口をついて出てくるのは、名前の筈だ。」
「そうね。」
と言いながらも、簡単に受け入れることは出来なくて、未来は首を傾げた。
「つき合っているんだろう?青島社長と。」
分かっているんだろうな、と思ってはいたものの、改めて聞かれると返事はし難い。
「うん。」
と唇を噛んで頷く未来に、フッと笑って創太は言った。
「そうなるだろうと思っていたし、実際2人でいるの所を見て確信したんだけどな。俺ってMなのかな。」
あまりにもあっけらかんと創太が言うので、未来の方が戸惑ってしまう。
「だけど、あの男が、こんな典型的な横恋慕するなんてな。びっくりだよ。」
「何?」
何か言いたそうにこちらを見ている未来に、創太は聞いた。
「ごめんなさい。こんな感じだったかな?と思って。」
そう言われた創太は、未来から目を逸らし、小さく唸った。
「未来はさ、平気だった?あれから。」
「ううん。平気なわけない。」
「良かった。平気って言われたら、それこそ虚しい。」
「俺は、まず引っ越しした。ありがたいことに仕事は相変わらず忙しいし、少しばかり人付き合いも良くなったよ。」
そこまで話してから創太は話すのを止めてしまい、沈黙が別れたあとの時間を物語っているようだった。
『どうしたの?』も『道田さん?』も違うと思うのに、名前を呼ぶことはためらわれて、未来は創太が話してくれるのを待つことしかできなかった。
「思っていたより駄目だな、喋りすぎる。一緒に仕事をする自信はあるけど、お互いのことは、まだ早いな。」
「ごめん。」
何か言うと涙が溢れてきそうで、今度は未来が目を逸らす番だった。
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