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入院した。階段から落ちた。
「みんなどうしてる?」
部活も委員会も入っていない見舞いに来た同じクラスの坂木さんは「暇だから頼まれた」と言い、続けて「みんな心配してた」と言ったきり、りんごを八等分することに熱中している。
「あの、味村さんに頼まれた文化祭のポスターだけど」
「味村さんがやってる」
うさぎは四羽になった。
「後、部活の新歓ポスター」
「茶道部のやつ? よくわかんないけど、みさっちゃんが呼ばれてたから、みさっちゃんがやるんじゃないの」
坂木さんは今度はりんごの種を取る作業に移った。
「吉村くんの」
「えーっと委員会の後輩の子だよね。上城が手伝ってるよ。てかクラスに呼ばれて怒られてた。吉村くん。ちょっとかわいそうだったかな。あれはやりすぎ」
「行重さんの」
坂木さんは熱中の対象をりんごの皮をむくことに変えていたが、ナイフを置くと私を見た。季節外れの淡いりんごの香りが病室に漂っている。
「全部大丈夫だから。治す方に専念してってみんなが」
「そう」
大丈夫。大丈夫なら「これは君にしかできないことだから」と言った味村さんの言葉はなんだったのか。部長の「あなただけ。頼めるのは」はなんだったのか。吉村の「先輩にはしか頼めない」はなんだったのか。行重のーー
「バカみたい」
思わずこぼれた言葉に自分で慌てた。
「あの、ごめん。今のは」
「金田さん。バカみたいって言うのは」
坂木さんは再びナイフを手に取った。今度は皮をむくことに熱中しだす。
「自分のこと?」
「あ、いやえーっと」
「金田さん、責任感強いから罪悪感あるのかもしれないけど。怪我人に無理させなきゃならないほど大事なことないから。優先順位ってやつ。どんな頼まれごとより金田さんの足が大事ってこと」
責任感。そんないい感情だろうか。この胸のわだかまりは。
「うん。でもさ」
違うと思った。思ってしまった。気付いた。
「うん」
うなずく坂木さんはまだ皮をむいている。
「でもっていうか」
「うん」
坂木さんは林檎から目を離さない。でも、話は聞いている。
「責任感じゃないんだ。強いのは多分、優越感なんだよ。みんなに金田だけ金田だけって言われて調子乗ってた。みんな私がいなくちゃ困るんじゃないかなって。でも違くてがっかりした。みんな何とかなってるって。最悪だよね。罰当たったのかも」
「罰は違うでしょ」
坂木さんはきっぱり言った。
「実際、みんなやってくれるのは金田さんだけって思ってたから頼んだんでしょ。調子乗ったって言うなら頼んだ方もそうでしょ。本来、自分でやんなきゃならない仕事なんだからさ。
大なり小なり、いなくなったら困るけど、何とかなっちゃう。みんなそんなポジションなんじゃないかな」
「そっか。どうにかなっちゃうのか。私にしかできないことってないんだね」
「あるよ」
「坂木さんが言ったんじゃん」
「でもあるよ」
「なに」
「見て。会心の出来。一度やってみたかったんだ」
坂木さんは誇らしげに皿を見せた。うさぎりんごが八つ、丸く並べられている。
「かわいい」
「んふふー。でしょー」
坂木さんはにこにこ笑った。
「早速、金田さんにしかできないこと」
つまようじを差し出される。
「一緒に食べてくんない? 丸ごと一個はちょっと」
こういう「私にしかできないこと」も悪くないなと思いながら差し出されたつまようじに手を伸ばした。
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