遺書

1/3
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
 桜姉さん、こんにちは。今回はこんなことになってしまって本当にすみません。優しい姉さんはきっと気に病んでると思います。気にしないでくれ、なんていうのは僕のひとりよがりでしかないのは重々承知ですが、どうかあまり気を落とさないでください。隣に住む僕のことを色々気遣って下さりありがとうございました。  僕が夏祭りの日に姉さんに告白した日を覚えていますか?姉さんは「おませさんね」なんて笑っていましたが、僕は本気であなたが好きでした。いえ、今も好きです、ずっと好きです、その笑顔が、僕をどれほど幸せにするか、姉さんはきっとわかってくれないでしょう。まぁ、姉さんからしたら僕は近所に住んでいるただの子供でしかないのですから仕方ないですが。そもそも、姉さんのことで一兄さんに勝てるはずがないんです。  幼なじみである姉さんと兄さんが、お互いにとってどれほど大きな存在か、僕はきっと2人以上によく知っています。2人はきっとそう遠くないうちに結婚するんだろうと、付き合ってすらいないのに、当たり前のことのように思っていました。姉さんも、実はそうだったのではありませんか? 2人が一緒にいるのはとても自然なことで、そこに僕が入る隙などないと知ったのは、かなり早い段階だったと思います、まだ10にも満たない子供でも、言葉には表せなくとも読み取っていたはずです。  あなたが好きです。本当ならば僕のそばでずっと笑って欲しかった。でも、兄さんのそばにいる姉さんの笑顔が1番だから、姉さんにとっての幸せは兄さんと一緒になることだと知っていたから、夏祭りのあの日、僕の告白を笑う姉さんに何も言えなかったんだと思います。僕は姉さんを守るためなら死ぬことさえ怖くないと思っているのに。  兄さんが東京へ行くことになり、兄さんはそう頻繁ではないにしろ、よく姉さんに電話していましたね。兄さんは姉さんが勉強や人間関係で悩んでいるときに、まるで離れていてもお前のことは分かるとでも言いたげな様子で、電話をかけていたでしょう。でも兄さんはエスパーじゃないんですから、誰かから聞いたに決まってるんです。  せっかく姉さん達の間に物理的な距離が開いたのですから、僕はこれ幸いと姉さんに寄り添えばよかったんです。「肝心な時にあいつは何をしてるの」なんて姉さんに言わせれば良かったんです。でも、姉さんを元気づけるのに1番効果的なのは兄さんに決まっていますから、僕は兄さんが東京に行ってからずっと、2人をつなぐことに徹していました。  僕は兄さんに憧れていました。整った顔立ち、爽やかな笑顔、成績優秀、礼儀正しい姿勢、抜群の運動神経、そして周りに自然と人が集まるカリスマ性、彼は多くの人が心から望む魅力全て持っていました。僕は彼のようになりたいと本気で思っていましたから、彼の話をそれはそれは真剣に聞いていました。その姿はまるで仲良しな兄弟のように見え、大変微笑ましい光景に見えたでしょう。  ある風の強い日、僕が姉さんの家に遊びに行くと、兄さんが座敷に座っていました。兄さんは姉さんが夕飯の買い物に出かけたと言い、僕に隣に座るように促しました。そして兄さんはおもむろに机にあったアルバムを開きました。そこにはその時の僕と同じ、7歳くらいの姉さんの写真がありました。「可愛いね」と僕が言うと、兄さんは「ああ」と低い声で言いました。姉さんもよく知るように、兄さんは普段とても良く話す人ですから、それっきり何も喋らない兄さんはとても奇妙でした。    僕は兄さんの顔を見ないようにしながらペラペラとアルバムをめくりました。外から聞こえる不気味な風の鳴き声と、ページをめくる音だけが僕の耳に届いていました。すると、1枚の写真が机の下に落ちました。そこには、僕と、7歳の桜姉さんが写っていました。僕が何度も、何度も望んだ景色が、そこにありました。もちろん、そんなことあるはずがありません。そこに写ってるのは7歳の一兄さんと桜姉さんしかあり得ない。僕は顔を上げて兄さんの方を見ました。すると、彼がとても冷たい目で僕を見つめていました。いつも爽やかに笑う好青年の姿とはまるで違うのに、僕には、それこそが彼の本当の姿のように思えました。 「お前の姿を見るだけで吐き気がする」  その時、彼はそう言いました。もしかしたら声には出していなかったかもしれません。それでも確かに、僕に向かって、そう言いました。その時僕は、香川康太は、ようやく理解したのです。    香川康太と江藤一は同一人物である。    姉さんからしたらバカバカしいことかもしれません。でも、僕らにとっては、間違いなくそれが真実なんです。      
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!