10. ナンパ男

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10. ナンパ男

「運転手付きの車を使っても良い」と、 顧問係の特権で顧問から直々に許可を得たものの、月に1、2度しか銀行回りで外出することのない私。 今日は顧問が乗って行ってしまったので、 徒歩と電車で移動をすることになる。 制服のまま電車に乗るのは目立ってしまうので、私は更衣室に行き、トレンチコートを羽織った。 この春に新しく新調したワンピーストレンチ。 フロントボタンを閉めて、ウエストのリボンを 結ぶと、ワンピース感覚で着られるデザインに なっている。 制服も隠れるし、 後ろ姿のフレアシルエットがなんとも可愛い。 鏡で全身をチェックした私は、会社の大事な 通帳や銀行に持ち込む約束手形などが入った 安っぽいセカンドバッグが外から見えないように、自分のバッグにスッポリと収めた。 平日昼前の電車内は、 とてものんびりとした時間が流れている。 このまま好きな所へお出かけできたら楽しいのに... と空いている車内を見渡し、出入り口に近い端のシートに座った。 暖かい日差しと、心地良い揺れを感じながら、 私はゆっくりと目を閉じた。 すぐに着くし、仕事で来ているので寝る訳にはいかないと自分を戒めながら、睡魔と闘っていると、隣に人が座った気配がした。 〈 さっきは空いていたのに、少し混んできたのかな...... 〉 それにしても、あぁ、眠い。 適度な揺れで、容赦なく気を緩めさせる、 私の中の悪魔。 次の駅で降りるんだから、しっかりしろ!と 叱咤する私の中の天使。 そこへ別物が加勢してきた。 私の腰とシートの間の辺りに差し込まれた悪魔の手。 ん? なんだ、この異物感。 その悪魔の手は、ゆっくりと私のお尻まで下りてきた。 一気に睡魔は吹き飛び、私は目を開けた。 その状態での私の視界では、顔までは確認できなかったが、隣に座っていたのは、大きな荷物を膝に置いた、若い男性だった。 その間も、その悪魔の手はモゾモゾとゆっくりと動き...... つまり現在、私は痴漢にあっているのだ! 落ち着け、私。 この場合、どうすれば良いか。 近くにいる人に助けを求めたかったが、 車内はとても空いていて、目の前のシートには 誰一人座っていなかった。 うわ、最悪! しかも、この男、大きな荷物を抱えて、他の人 から手の動きが見られないようにしてる。 とりあえず、痴漢行為に気付いていることを アピ―ルするために、私は座る位置を少し ずらし、バッグからスマホを取り出した。 ウトウトと無防備に寝ていた女が、突然動き 出し、手元のスマホを操作していれば、 通報されるかも、と逃げ出すかと思ったが、 この男は、一瞬、手の動きが止まっただけで、 痴漢行為を続けてきた。 私は次が降りる駅だったことを思い出し、 急いで立ち上がり、出入り口の扉前に移動した。変に抵抗して危害を加えられることは避けたい。早くこの場を去ることが最善策だ。 駅に着き、気の抜けるような音と共に扉が開く。 私は、痴漢男の顔をチラ見し、シートに座ったままの状態であることを確認して、電車を降りた。 はぁ。怖かった。 今までも痴漢には何度も遭遇しているけれど、 あんなに堂々と触ってくるなんて、 どんな神経しているのよ。 私は恐怖から解放された途端、今度は怒りが こみ上げてきて、ヒールをカツカツ鳴らし ながら改札に向かってホームを歩いた。 すると、後方から誰かを呼ぶ声がする。 「ねぇねぇ、お姉さん!」 お姉さん? 「お姉さん、待ってよ!」 その声は私のすぐ後ろに迫っていた。 背中がゾクッとした私は、 ゆっくりと後ろを振り向いた。 そこには、さっきの痴漢男がいた。 「ねぇ、お姉さん! どこにいくの?」 は? なんであんたに行き先を言わなきゃいけないのよ。 「お姉さん、綺麗だね。 ちょっとお茶しない?」 あんた、バカなの? 痴漢の次はナンパですか? 私は完全無視をして速足で改札を抜けた。 「ねぇ、お姉さん! 無視しないでよ」 信じられない。まだ付いてくる! この近くに交番あったよね。 このまま警察に突き出してやる! そして私が黙々と歩き続けているうちに、 ナンパ男は諦めてどこかへ消えた。 あんな変な奴だったなら、電車内で痴漢にあった時に、ヒールで思いっきり足の指を踏んでやればよかった。 次は絶対に、運転手付きの車で移動してやる!
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