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5. 顧問の花道
経理部は、経理部長、経理課長、財務課長、
そして肩書なしの平社員で構成されている。
私のすぐ近くにデスクを持つ部長は、
痩せていて髪が薄く、
いつもスーツがヨレている。
さらに気が弱くて、よく常務に呼び出される。
そして戻ってくる度に、小動物が敵に追い掛け回され、命からがら巣に生還したような力ない表情で、私に癒しを求めてくる。
そんなヨコヨレ部長が可哀想であり、同時に
可愛く見えてしまう私は、デスクの引き出しに
入れている、小さなお菓子を、優しい微笑みと
共に無言でそっと差し出す。
(部長、頑張って!
私は部長がどんなに失敗しても味方ですよ)
すると部長は、嬉しそうにスーツの胸ポケットにそのお菓子を入れ、気力を取り戻した表情で、自分のデスクの引き出しから「宅建士証」
をチラッと私に無言で見せる。
(ありがとう。僕にはこの資格と葉月さんの
笑顔があるから頑張れます)
この「宅建士」を証明するカードは、
数日前に部長が引き出しにお守りのように
入れているのを私が発見したものだ。
(部長… 就職先、間違えていませんか)
しかし、見かけによらず、難しそうな宅建士の
資格を保有している部長を、大袈裟に褒めた
ことから、自分を慰めたい時の心の支えである一枚のカードを、私に見せることで士気を高めている部長が、またキュンとくるのだった......
経理部のチャラ男こと斉藤は、
いつもうるさい。そして仕事が早い斉藤は、
自分の手が空くとすぐに話しかけてくる。
暇ならタバコでも吸いに、どこかへ行ってくれと言わんばかりの冷たい態度で私が接するのが、彼にとっては新鮮でからかい甲斐があるようだが、しばらくするとその様子を見かねた課長が、斉藤を追い払ってくれる。
私はある一定の年齢差のある異性には優しいが、年の近い異性には厳しいのだ。
経理の仕事を少しずつ覚え始めたころ、
突然、職場に緊張感が漂い、空気が張り詰めた。
私は何事かと、みんなが顔を向ける先に視線をやると、顧問がオフィスに入って来た。
途端に、奥に座っている社長や常務たちが、
サッと立ち上がり一礼。
経理、総務、営業、企画、すべての社員たちも背筋を伸ばして、体を顧問の方へ向け、頭を下げた。
上下関係に厳しい、体育会系の部活かっ!
それともドラマで見る、
儀式めいた大病院の教授回診かっ!
顧問は経理の島の横をゆっくりと通り、
ニコニコ笑いながら「仕事を続けて」と、
私たち平社員に手で合図した。
そして経理部長、常務、そして社長と順に巡って会話をし、最後に経理に戻って来て、激励の言葉を残して去って行った。
フ――
あちらこちらから、風船の空気が抜けていくような息が漏れ出ていた。
それだけ顧問の存在は大きいのだ。
そして顧問の通る経理課から社長の席までの
通路を「顧問の花道」と呼ぶことを私は知った。
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