7. 昭和の都市伝説

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7. 昭和の都市伝説

 顧問から貰ったお菓子を持って、休憩室に 直行し、軽くノックして扉を開けると、 金本さんがいつものように荒れていた。 「ほんとっ、むかつく。あのクソジジィ」 うん、うんと、話を聞いて、 なだめているのは総務部の《 伊藤 紀子 》。 金本さんは企画室長の存在自体が煙たいようで、何を言われても腹が立つようだ。 反りが合わないのは仕方がないが、 それをオブラートに包まず、顔にも態度にも 出すので、室長も金本さんに気を遣っているのが傍から見ていてもよく分かる。 人間関係って、難しい...... 「顧問からお菓子を頂きました!」 「やった! 開けて、開けて」 私が金本さんと伊藤さんの間に差し出すと、 二人は手を叩いて喜び、空気は一変した。 お昼はお弁当を持参したり、通勤途中でパンや サンドイッチを購入したりして簡単に済ませることが多い。 食後に、先ほどの高級最中を美味しく食べて いると、金本さんが最中を当たり前のように 分解しているのが視界に入った。 私と伊藤さんの視線に気づいた金本さんが一言。 「私、最中の皮がパサついて、口の中でくっつく感じが嫌いなのよね。だけど餡子は好き」 まじか...... まぁ、中には上あごにくっついちゃう最中も あるけれど、この和菓子店の最中は、絶対に くっつかないと思う。 パリパリした食感で香ばしい。 皮だけでも美味しいくらいなのに、 もったいない。 容赦なく丸裸にされた餡子。 室長への苛立ちを八つ当たりにされている ように見える、テーブルに散らばる最中の皮。 まぁ、好き嫌いは、 人それぞれの主観によるものだから...ね。 「そう言えば、葉月ちゃん。この前のジロジロ見てくる黒い男、どうなったの?」 「あー、今朝もすれ違いました。 時間を少しずらしても確実に会うんですよね」 「駅から会社まで一本道だからね。 きっと、どこかで待ち構えているんだよ」 「こわっ、 それってストーカーじゃないですか」 半月ほど前、私は朝の通勤途中ですれ違い際に、目を合わせてくる男に気付いた。 駅から会社までは徒歩10分程。 たくさんの人が行き交う大通りをまっすぐに行く。 最初は気にすることもなかったが、次の日も、 その次の日も、ほぼ同じ時間、同じ場所で そのいつも黒っぽい服を着た男は私の進行方向 から現れ、駅の方向へ歩いていく。 何かをされている訳でもない。 私と同じように、ただ通勤途中で、なんとなく 目が合ってしまっているだけかもしれない。 だが、あのすれ違う一瞬が、 非常に気持ち悪い。 「やばっ。13時にクソジジィからお茶出しを 頼まれていたんだ」 時計を見ると20分前。 OLはやることが多いので、 1時間の休憩なんてあっと言う間だ。 お手洗いへ行って、歯を磨いて、 メイクを直して。 いつものルーティンでこなし、給湯室を覗くと、金本さんがお茶の準備をしていた。 「手伝います」 台拭きを手に持っている金本さんに声を掛けると、金本さんは不敵な笑みを浮かべた。 「いやいや、それはダメですよ」 「ハハッ。分かった?」 冗談だとは分かっているが、笑えない...... 『雑巾の絞り汁をお茶に入れる』なんて、 昭和の都市伝説かと思っていたが、 もしかして、私が知らないだけで、 確実に受け継がれて定説となっているのか...... 私はきちんと、純日本茶を注ぎ、応接室へ向かう金本さんを念のために見届けてから、急いで席に戻った。
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