8. ディフェンス男

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8. ディフェンス男

 最近の天気は、低気圧と高気圧が次々に やってきて、穏やかな春のイメージとは裏腹に 天気が目まぐるしく変化する。 東京メトロ西新宿駅。 改札を出てアイランドタワー方面へ。 朝ラッシュの時間帯のため、オフィスや駅に 向かうたくさんの通勤者が行き交う。 今朝の高層ビルの谷間から見上げる空は 春霞(はるがすみ)。 太陽の光が散乱され、青空が霞んで見える。 こういう天気こそ、紫外線量は多く、 油断している肌にダメージを与えてくる。 今年は早めに、金本さんからオススメされた「飲む日焼け止め」のサプリと「塗る日焼け 止め」を併用して紫外線対策を行っている。 明日からは更に日傘も持ってこよう...... そんなことを考えているうちに、そろそろ、 私と目を合わせてくる怪しい黒い男とすれ違う デンジャラスゾーンに入る。 まずは敵の位置を把握しておかなければ、 ただの無防備な女だ。 早くも発見! 今日も黒い服を着ている。 ジャケット? いつもはもっとラフな格好なのに。 なにか大事な打合せでもあるのだろうか。 まぁ、そんなことはどうでもいい。 これ以上、私が男に顔を向けるのは危険なので、男の周辺を歩く人たちもチェックし、 その人たちを確認しながら、 確実にすれ違うまでは気を緩めてはいけない。 今日は、男の少し前を歩くイエローのマキシスカートスタイルの女性を目印にさせて頂こう。 はいっ、3.2.1 目線を下げている私の視界に、目印の女性の 春らしいイエローが通り過ぎていく。 ここから約5秒間が勝負。 表情を崩さず、 顔を上げずにまっすぐ歩くだけ。 5.4.3.2.1 よしっ、 と、次の瞬間、想定外のことが起きた。 通り過ぎたはずの黒い男が、私の目の前に 現れ、しかも突然話しかけてきたのだ。 な、なんで? 「あの、すみません」 男はかなり緊張しているのだろう。 声が震えている。 「西新宿駅はどこですか?」 「えっ? 西新宿駅ですか? この道をまっすぐ 行くとすぐに駅への入り口があります」 「あっ、ありがとうございます」 は―? 毎日通勤しているだろっ、 と、心の中でツッコム私。 一刻も早くこの場から去りたい私は、 目の前に立ちはだかる男をよけて、 会社へ向かおうとした。 するとその男は、再び私の前に立ち、 行く手を阻む。 私が右へ抜けようとすると、男も動く。 逆の左へ抜けようとすると、 また私と同じ動きをして邪魔をする。 まるでディフェンス状態。 周りの人たちは、コントのような一幕を、 物珍しそうに眺めながら、 明らかに安全な距離を開けて通り過ぎていく。 「なっ、なんですか」 「あ、あの......」 訳の分からないこの男の行動に、 腹が立ってきた私の表情に戸惑っている男は、 何か言いたそうなのに、はっきり言わない。 「すみません、通してください」 「あっ、ごめんなさい」 私がその男を振り切って数歩前に出ると、 今度は、その男が私の横を歩いて付いてくる。 〈いやー! 誰か助けて!〉 「あの......」 子犬のように必死に付いてくる男。 私は仕方なく、心を落ち着かせ、 表情を緩めて立ち止まった。 「何かご用ですか?」 「あっ、あの僕。あなたのことが好きです。 僕と付き合ってください!」 イヤイヤイヤ...... いきなり告白!? 「ごめんなさい...... 急いでいるので、失礼します」 その男は現状を頭の中で処理しているのか、 フリーズ状態で固まっていた。 ノーマークとなった私は、これ以上は、この 不思議な男に時間を費やすことはできないと、 茫然としている男をおいて、会社へ向かった。 私、間違っている? ちゃんと対応したよね。 後ろから刺されたりしないよね。 こわ~い!  この日以降、今まで以上に黒い男に警戒態勢を取っていた私だが、 すれ違っても男の方が一定の距離を取り、 二度と接近してくることはなかった......
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