第十五章 溺愛という名の病

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第十五章 溺愛という名の病

 寒い、と思って目が覚めた。  閉まり切ったカーテンが、エアコンの風に吹かれて揺れている。かすかに差し込む光は朝と呼ぶには少し暗い。空模様を見ようと腕を伸ばして、自分が裸であることに気づく。  何も、下着すら着ていない。これで夜通しエアコンなのだから、寒いのも当然だ。  身体の節々がひどく痛む。倦怠感と、軽い頭痛。ああ、と声を出そうとして喉に何かがつっかえた。 (私は……そうだ。樹くんを裏切ってしまったんだ)  昨日は正直ひどかった。お互いにどうしたらいいのかもわからず、やりきれない思いを樹くんはぶつけ、私はただただ受け入れた。  首、喉、胸、腿……身体中にちりばめられた赤い痕。いったいいつ気を失ったのか、それからどれほど時間が経ったのかもわからない。でも、きっとまだ何も解決していないだろう。  とりあえず服を着ようとして、すぐ違和感に気がついた。服がない。下着の類は残されているけど、それ以外の洋服がクローゼットから消えている。  まさかと思い部屋中を探してみると、洋服だけじゃない、スマホやパソコン、財布もなくなっていることがわかった。  嫌な予感に血の気が引いていく。 (まさか)  仕方なく肌着だけを着て、そっとリビングへ進んでみる。樹くんはソファに横たわり、疲れた顔でぼんやりと虚空を眺めている。  小さな声で「おはよう」と言ってみたけど、彼からの返事はない。私は彼の横をそうっと通り過ぎ、忍び足で玄関へ向かった。  靴も……ない。薄々予想していたとはいえ、やっぱり胃が痛くなってくる。 「あの……樹くん。私の服とか、スマホとかって……」  樹くんは唇を開いたまま、返事の代わりにゆっくりと瞬きをする。知らない……わけではないようだ。 (樹くんが隠した? どうして……?)  混乱する私を無視して、樹くんは緩慢に身体を起こす。背もたれに寄りかかり、軽く天井を仰ぎながら、彼はたばこを吸ったときみたいな細く長いため息を吐いた。 「……百合香は、もう、出かけなくていいから」  それは命令というより、独り言のように聞こえた。 「……どういうこと?」 「きみは選択を二度間違えた。一度目は里野で、二度目は桂。だから三度目が起きないように、しばらくここから出ないでもらう」 「……私、仕事が」 「休職届を用意した。俺の方も、しばらく休職する」 「なんで」  勝手なことを――と、怒りの言葉がぎりぎりのところで喉の奥へと戻ってしまったのは、やっぱり私にも後ろめたい気持ちがあるからに他ならない。  身から出た錆だと言われれば、確かにそのようにも思えてしまう。でも、無断で服や靴を取り上げて、勝手に仕事を休ませて、外との連絡も取らせないだなんて……あまりにも異常で非常識ではないだろうか。 「普通、ここまで、する……?」  震える声で呟く私を、樹くんは一瞥する。 「俺はするよ」  それから彼はうっすらと微笑み「愛しているからね」と言い添えた。
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