第十五章 溺愛という名の病

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* 「さて、質問だ」  紅茶をひとくち飲んでから、桂さんは静かに言う。 「お前は樹に行動を制限されたことはあるかな? 勝手に仕事を辞めさせられたり、転職を促されたことは? あるいは転居をコントロールされたことはある? 居場所を無断で把握されたり、外部との連絡を制限されたり……軟禁だって、ふふ、されたことがあったりしてね」  過去の記憶がよみがえる。そのとき感じた恐怖とともに。 「樹は父と同類の狂人だ。『幸せ』という免罪符のもとにどんなことでも平気でやる。お前の意見なんて無関心。だってあいつが愛しているのは、お前じゃなくてお前を愛する自分自身なんだからね」  バラバラに散っていたパズルのピースが少しずつ手元へ集まり始める。 「もしお前がこのまま樹と付き合い続けたとして、どう? あいつと二人で幸せな家庭を築く姿を想像できる? 樹は結婚のことをどう言っていた? 出産は? お前が子どもを産む未来を極度に恐れてはいなかった?」  でも私……こんな絵ができるなんて、全然、少しも考えてなかった。 「樹はおそらく自分の秘密を『頭のおかしい父親がいること』程度にしか思っていなかっただろう。でもね、実際はそれだけじゃない。『頭のおかしい父親と同様の狂人である自分自身』。これこそが、本当に隠されていた――樹自身も気づいていなかった秘密の正体なんだよ」 「ストップストップ! 一旦終わり!!」  手を叩く音とともに部屋へと押し入ってきたのは、まなじりを釣り上げた椎名くんだった。桂さんはわずかに眉を上げ、つまらなそうに椎名くんへ目をやる。 「……ああ、お前の車ならうちの敷地まで入って来られるからね。消えな玲一。お前の出る幕じゃないよ」 「相変わらず手厳しいね! でも、悪いけどこっちも退けないんだよ」  椎名くんは私の隣に腰かけると、呆然と俯く私の両肩を強い力で乱暴に掴む。 「中原! ちょっと冷静に考えてみてよ。今の話って結局は全部桂くんの主観でしょ? 波留と波留の父親が似ているように見えたってだけで、実際二人は別々の人間なんだから」 「外野が無責任なことを言うなよ。百合香はもうわかってる。樹は父と全く同じ、溺愛という名の病に罹っているのだとね」 「だから決めつけるなって! 桂くんは二人を別れさせたいだけなんだろ? だいたい遺伝するっていうなら、桂くんだって波留と立場は同じじゃないか!」 「僕と樹を一緒にするな。僕は今までずっと父の姿を反面教師として見てきたんだ。自分の中の衝動をコントロールすることくらいできる。五歳の頃に僕らを捨てて以来、ずっと他人みたいな顔で生きてきた樹と同じにされるのは癪だ」  ギッと奥歯を噛みしめた椎名くんが、獣のように桂さんを睨む。  桂さんは椅子にゆったり腰かけたまま、余裕の微笑みすら浮かべて私と椎名くんを眺めている。
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