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うつ伏せのまま、ベッドの上で脱力している俺を尻目に、男は身を翻してさっさと身支度を整え、いつも着ているブルゾンを素早く羽織る。ヤることヤって満足したら、俺はお払い箱。どんなにヤっても妊娠する心配はないし、これって本当に都合のいい関係だと思う。
「藤原、もう行っちゃうんだ。もしかして、彼女と待ち合わせしてるとか?」
今日はバレンタインデーなんだから、そんなことを聞くだけ野暮かもしれない。野暮なことだってわかっているのに、聞かずにはいられない俺はバカだ。
「まぁな。これやる」
ブルゾンのポケットから薄っぺらい箱状の物を取り出し、枕元に投げて寄こした。なにかくれるのなら、『せめて手渡ししてほしかった』なんて俺がワガママを言ったら、間違いなく藤原の機嫌を損ねて、なにも貰えなくなるだろう。
「なんだよ、これ?」
枕元に投げて寄こされた箱状の物を横目でしっかり確認してから、俺を見下ろす藤原に視線を飛ばす。するとなぜか、顔を思いっきり背けられてしまった。
「知らない女からもらった、チョコらしきもの……」
俺から顔を逸らすという素っ気ない態度や、感情のこもっていない返事のせいで、だだ下がりしていた俺のテンションが、さらに落ちていく。知らない女からのチョコを俺に寄こすという藤原の神経の太さに、唖然とするしかない。
それでも俺はこれに対して、冷淡な応対ができるわけがなかった。好きな男に逃げらないように、精一杯の作り笑いを頬に滲ませる。
「アハハッ。これから彼女と逢うのに、知らない女からもらったチョコなんて持ち歩けないもんな。しょうがない、俺がいただいてやるよ」
あくびを噛み殺しながら起き上がり、チョコらしきものが入ってる小箱を手にした。
「そういう那月は、これから誰かとデートするんだろ?」
俺が笑ったことにより空気が変わったのを感じたのか、藤原がこっちを向いて問いかけた。しかしながら相変わらず口調が淡々としていて、らしくない感じだった。
「予定が入ってたら、いつまでもこんなふうに、ダラダラしてないって。誰かに呼び出されて、チョコを貰うなんていう奇跡なんか、俺には絶対に起きないしさー」
「案外ビッチな那月とヤりたくて、チョコを用意してる奇特な男がいるかもよ?」
いつものようにヒラヒラと右手を振って出て行く、藤原の大きな背中をベッドで見送りながら、部屋の中に響くような大きな声をかける。
「ビッチな俺よりも、バレンタインに浮気するアンタのほうが、充分悪い男だと思うけどー!」
本当は行くなと言って、彼女のところに行かせないように抱きつきたい。でもそんなことして藤原を困らせたら、この関係は間違いなく破綻する。
(だから俺は我慢して、ここから見送るしかないんだ――)
本音を漏らさないように、こみ上げてくるものを抑え込んだら指先に力が入り、持っていた小箱が少しだけ変形した。
「悪い男なんてセリフ、おまえに言われたくないよ。またな!」
顔だけで振り返り、颯爽と出て行った藤原。愛しの彼女を待たせないように、さっさと出て行ったのだろう。いつもの彼なら、ベッドの中で俺と一緒にひとしきりゴロゴロしたあとで、今みたいに出て行くのに。
「藤原を想う女のコから貰ったチョコを、浮気相手の俺に寄越すなんて、マジで悪い男だ。超最低だろ……」
小さな呟きは、静まりかえった室内に溶け込む。藤原には絶対に聞かせたくない俺の本音。壁打ちに似たそれに、やるせなさを感じた。
(あーあ。俺から藤原にチョコをあげたらきっと迷惑がって、同じように誰かの手に渡るんだろうな。そんな考えがあったから、チョコを買わずに済んだけどさ)
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