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「男なら、誰でもいいわけじゃない。おまえだから誘ったんだ」
わざとおちゃらける俺に合わせたのか、藤原が朗らかに笑いながら理由を説明してくれた。このとき彼女に見せる優しい笑顔でほほ笑まれたせいで、痛いくらいに胸が高鳴る。
「はっ、よく言うよ。男とヤるなんて、浮気のカウントに入らないって、さっき豪語したくせに。誘えばお持ち帰り確定の俺に跨れるだろうって、気安く声をかけただけだろ……」
ドキドキしているのを悟られないようにすべく、顔を横に逸らして、藤原から注がれる視線を無理やり外した。すると耳に聞こえるガサッとした草の音。あっと思ったときには藤原が傍にしゃがみ込み、ウエーブがかかっている俺の前髪に、藤原の右手がいきなり触れる。
視野に入る手の大きさに、思わずキョどってしまった。これは前カレからの暴力による、嫌な条件反射だった。
「おまえの髪、男にしてはすげぇ綺麗だよな。伸ばすのウザくない?」
いきなりなされた髪への接触と話題転換に、どうにも気持ちが追いつかず、焦りを覚える。
「ほ……本当は短くしたいんだけど 、天パで悲惨なことになっちゃうし……」
「那月は細面だから、どんな髪形でも似合いそうなのにな」
藤原の口から自分の名前が唐突に飛び出したのをきっかけに、浮ついていた気持ちがしゃんとなる。髪に触れている手を、容赦なく利き手で叩き落としてやった。
口説くことに妙に長けている目の前の男を、気合いを入れ直しながら怒りを込めて睨みあげる。
これ以上近づいたら危険だと、頭の中で警報がガンガン鳴っていた。前カレがそうだったから。関係を持つまでは、ものすごく俺に優しくしてくれたのに、その後はてのひらを返す態度を取られて、かなり痛い目を見た経緯がある。
しかもコイツはかわいい彼女持ち。厄介さにおいては、前カレよりも上だった。
「名前呼び、嫌だった?」
俺に叩かれた手を目の前でぷらぷらさせながら、嬉しげに瞳を細める。俺の先制攻撃がまるで利いていない感じに、余計に苛立ちを覚える。
「言っとくけど、俺のほうが年上なんだ。さん付けくらいしろよ」
「さん付けしたら、頭が上がらなくなりそうな感じだったから、あえてしなかった。それに仲良くしたいし」
つっけんどんな俺の物言いも、まったく効いていないらしく、藤原はへらっと笑って肩を竦める。腹が立つのはイケメンはなにをやっても、様になってしまうことだろう。
「アンタみたいな軽いノリの男は、頭を下げて頼まれても跨る気になれない」
チラッと上目遣いで藤原を一瞥して、本を持ったまま立ち上がる。そのまま立ち去ろうとしたら、大柄な躰が目の前に立ちはだかり、それを拒んだ。自分を覆うその影に後退りしたその瞬間に腕を掴まれ、強引に抱き寄せられる。
「やっ!」
抵抗する前に塞がれた唇。藤原は抱きしめながら背後にある木へと誘導し、痛いくらいに固い幹を俺の背中に押しつける。
「ンンっ…ぁあっ」
抗う声と一緒に呼吸まで奪うような、激しいキスだった。
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