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そんなことを考えても、那月本人に向かって、好きだと告げられない。なにか見透かす感じの嫌な笑いを浮かべながら、鼻であしらわれることが想像ついてしまい、怖気づいてしまうせいで、ずっと告げることができなかった。
直接伝えられないのなら、この手はどうだと、バレンタインのチョコに想いをのせてみることを考えつく。
俺としては、いいアイデアだと思った。だがしかし、良かったのはここまでで、普通に渡せばいいのに、余計なひとことをつけてしまったのは、間違いなく失敗だったと、いまさら後悔してもすでに遅い。
自宅に向かうべく、がっくり気落ちしながら駅に足を運んでいると、ブルゾンのポケットに突っ込んでいたスマホから、軽快なメロディが突然流れた。着信音で那月がかけてきたとわかった瞬間、動かしていた足がぴたりと止まる。躰の隅々まで一気に強張り、緊張でぶるぶる震えてしまった。
(――んもぅ、なるようにしかならないだろ。怖気づいていてもしょうがない!)
なんとか震えを抑えながら、ポケットに手を入れてスマホを取り出し、通話ボタンを慌てて押す。
「もしもし……」
握りしめるスマホを持つてのひらが、いやおうなしに汗ばんでいく。
「ちょっと藤原、アンタなにを考えてるんだ? どういうつもりなんだよ!」
恐々とスマホに出た俺に対し、那月は苛立った様子でまくしたてた。
「どういうつもりって、その――」
いつもならどんな態度をされても舐められないように、偉ぶった口調でうまくやり過ごしていた。だけど自分の想いを込めたチョコを渡すという、大胆なマネをしでかしたせいで、思った以上に言葉が出ない。
「アンタ言っただろ、知らない女から貰ったって。それなのに中身を見たら、アルファベットで俺の名前が書いてあるんだけど」
「……うん」
ホワイトチョコを使ったブラウニーに、アルファベットで文字を入れてくれる店を見つけた。見た目が美味しそうだったのもあって、迷うことなくそれを注文し、『Natsuki』の名前をチョコで入れてもらった。
イニシャル入りの特別な真っ白いブラウニーは、俺から贈ったものなれど――。
「知らない女から貰ったなんて、嘘だったってことなんだろ?」
「そ、そういうことになる。素直に渡したら、その……受け取ってもらえないと思って、さ……」
躰の震えを抑えている傍から、声になってそれが表れてしまうくらいに、動揺が隠せない。
「だからって、嘘つくことないよな」
「まぁ、うん。悪かった」
珍しく俺から謝罪の言葉をかけたら、スマホのむこう側で息を飲むのが伝わってきた。だけどそれも僅かな時間で、すぐさま那月の盛大なため息が静寂を壊す。
「ああ、もう。全然悪いと思ってないくせに!」
口数が少ない俺を気遣ったのか、那月は苛立っていたはずなのに、くすくす笑いながら文句を言いだした。
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