1513人が本棚に入れています
本棚に追加
/94ページ
はじまり
「あっ、櫻田主任だ」
ランチ時間、休憩室の窓際テーブルで女子社員に取り囲まれ、爽やかな優しい笑顔を見せている男性。
櫻田 一輝、30歳。
スポーツ用品メーカー『ARAKI』に入社して8年。ユニホームなどのウエアー部門の主任で、爽やかなイケメンとして女子社員からの人気は高い。彼女はいないらしく、彼女のポジションを獲得しようとライバルは多い。
「そうだっ!」
休憩室の入口でそっと中を覗いていた環は、上着のポケットから携帯を取り出しカメラモードにして、カメラのレンズを櫻田に向けた。周りの女子社員が入らないように画面をズームにして調整し、櫻田だけを枠に入れ笑顔の瞬間をカシャッと写真に撮る。
同じようにしてもう一度、今度は話している時のカッコいい顔をカシャッ。撮った写真を確認する。
「うん、綺麗に撮れた。カッコいいなぁ…」
「ほんとカッコいいよな。櫻田主任、人気だからなかなか近づけないし」
「そうなの。だから、せめて写真でもいいから欲しくって」
「そっか、綺麗に撮れた?」
「うんっ、バッチリ! ほらっ!」
携帯の画面を見て話していた環は、携帯画面を今話していた相手に見せるように持ち、顔を上げて笑顔で言った。だけど一瞬にして呼吸は止まり、瞬きを忘れ、環は言葉を失った。
「へぇー、よく撮れてるじゃないか。ふっ、カッコいいよな。櫻田主任」
「け、け、剱持主任…」
目の前に立っていたのは、環の上司でシューズ部門の剱持主任だった。
剱持 昴、30歳。
櫻田と同期で入社して8年目。スパイクやスニーカーなどのシューズ部門の主任。硬派なイケメンとして一部の女子社員から人気はあるが、男子社員からの人気の方が高い。彼女はいないらしいが、笑顔を見せる事が少なく強面で怖い印象が強い為、女子社員が寄りつかない。
背が高い上に目が鋭く、ニヤリと笑う表情が怖過ぎて、環は1歩後ろに下がり剱持を見上げる。その時、剱持の片手が環の顔の横を通り背後の壁に手をついた。数年前に流行った『壁ドン』ってやつだ。ドキッキュン♡とする瞬間……今の環には違う意味のドキッギュン! とする瞬間だ。
(ヤバい……殺される…)
「お前……それ、盗撮だって分かってんだろうなぁ? あぁん?」
「は、はい……す、すみ、すみません…け、消します!」
環はガタガタと震える手で、今撮ったばかりの櫻田の写真を削除する。すぐにその場を立ち去ろうとするが、恐怖のあまり動けなくなった環に剱持がさらに言う。
「こっそり撮ってんじゃねぇよ! 来いっ!」
そう言って環の腕を掴み、剱持は休憩室の中に入った。ズカズカと奥へ進み窓際の櫻田の元へ向かう。
「きゃっ、剱持主任……何ですか?」
「ちょっとお前ら、そっち行ってろ!」
取り囲んでいた女子社員達が、そそくさとテーブルから離れ隣のテーブルに移動する。
「何? どうしたの? 昴」
櫻田の声がした後、剱持が環の腕を引き櫻田の前に環を立たせて言う。
「一輝、写真いいか?」
環はハッと剱持の顔を見る。剱持は櫻田を見つめたまま、環の腕を離した。
最初のコメントを投稿しよう!