罪と誇り

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 澄み切った青空に煙のように薄い雲がたなびく、気持ち良い春晴れの日だった。  手入れされた落ち葉ひとつない玉砂利の上を、美和は踊るような足取りで歩く。その度に膝上のプリーツスカートがひらひらと揺れた。 「なにはしゃいでんの」 「だって制服着るのもこれが最後だし」  美和は屈託のない笑顔を浮かべた。  立ち並ぶ墓石の先に、ひと際目立つお墓があった。墓石自体は苔むすぐらい古びているのに、供えられた千羽鶴や風車で色鮮やかに彩られている。  あれこそが私達の目的である父の墓だ。 「……なんか、また増えてない?」 「もうすぐお彼岸だし、そのせいじゃない?」 「もう三年近く経つのに、熱心な人もいるもんね」  結局、あれから程無くして、父はこの世を去った。  遺骨は私達が会った事もない父方の祖父母の墓に収めて貰った。にも関わらず、どこから聞きつけたものか、父の薬によって助けられたという人々が、時折お供え物を持ってお参りに来てくれるらしい。  あの時彼女が言っていた「父が沢山の命を救った」という話は、どうやら本当だったようだ。世の中には父に感謝してもしきれないぐらいの親愛を寄せ、その死を惜しんで止まない人々も少なからずいるらしい。  だからと言って、父が母や私達にした仕打ちが帳消しになるわけでは決してない。顔も知らない人々のために必死になって仕事に取り組んだのも父ならば、家族をないがしろにしたのも紛う事無く父の姿なのだ。 「卒業証書、見せなくていいの?」 「えー、興味あるかな」 「そのためにお墓参りに来たんでしょ。一応見せといたら」 「一応ね」  近くの菩提寺で買った線香を供え、二人でぎくしゃくと手を合わせる。  父がこの世を去って長い時が過ぎた今でも、私達の間では、二つの父の姿がごちゃ混ぜになったまま折り合いがつけられずにいる。それでも無事高校を卒業するわけだし、一応墓前に報告に行っておいた方がいいのかしらとどちらからともなく思ってしまうぐらいには、ぐちゃぐちゃなままだ。  整理なんてつかないし、つくはずもない。きっとこの先も、わだかまりはわだかまりのまま残っていくんだと思う。 「お姉ちゃん」 「ん?」 「今までありがとうね」  柄にもない妹の言葉に、私は苦笑いを返した。  多分それは、私を通して、私ではない誰かに向けたお礼でもあるのだろう。  この春から美和は、社会人になる。  本当なら今頃は私も、父を殺した罪を問われて刑務所で服役しているはずだった。そんな未来も、父の死とともに消えてなくなった。あの日私達の胸に芽生えた殺意は、空しさの中で枯れ果てた。 「美和」 「何?」 「ごめんね」 「何それ急に」  美和が噴き出す。  彼女もまた、私の言葉が自分だけに向けられたものではないとわかった上で、笑い飛ばしてみせたのだろう。  胸に広がるくすぐったさを振り払うように、ふざけ合いながら私達は墓前を後にした。    〈了〉
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