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バタン、と玄関のドアが閉まる音を聞いて、ベッドから起き出した。
ダイニングテーブルには、食パンの袋と昨晩の残りもののおかずが並んでいた。サイフォンにはコーヒーが湯気を立てている。
レースのカーテンを透かして差し込む朝日がいつもより弱々しくて、カーテンレールには洗濯物が幾つもぶら下がっていた。心なしか、空気が重苦しい感じがする。
テレビの電源を入れると、傘の下でにこやかな笑顔を浮かべるお天気キャスターが映った。リビングが音で満たされるのを待っていたかのように、二階から美和が下りて来る。
「……おはよう」
「おはよう」
今年高校生になった美和は、寝ぼけ眼のまままっすぐサイフォンに向かい、カップにコーヒーを注いだ。テーブルに着き、食パンをちぎって口の中に放る。後を追うように、箸の先に突き刺したから揚げの欠片を頬張る。
「……もしかして、雨?」
「そうみたい。外見てないけど」
「嫌だなぁ。傘、学校に置いたままだ」
私も向かい側に座って、食卓に箸を伸ばした。
母がこの家を出て行ってから、十年近くが経つ。
その間も以前と変わらず、父はほとんど家に居つかなかったけれど、人が変わったように家事だけはこなすようになった。毎日家を出る前に、洗濯物と掃除、料理をきっちりと済ましていく。朝食だけじゃなくて夕飯も、私達が後から温めなおしたり、火を通したりすれば食べられる状態まで準備していくのだ。
美和が高校生となり、私が大学へと進んだ今となっては昼食は各自買って食べるようになったが、それまではお弁当まで欠かさず用意していた。
不自由はさせない。今まで通り生活すればいいと言った私達への約束を父なりに守り続けているつもりなのかもしれない。
とはいえ、私達が父を見直すなんてありえなかった。むしろできるのなら、最初からやれば良かったのにと呆れるばかり。毎日毎日、何もかもを母に押し付けっぱなしにしていたからこそ、母は疲弊し、外部に救いを求めるしかなくなってしまったのだろう。
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