罪と誇り

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 私達姉妹はほぼ百パーセントと言っていいほど母親の手によって育てられた。父は毎朝私達が起きるよりも早く家を出ては、私達が寝た後で帰宅する生活を送っていた。休日ですらも我が家の中に父の姿はなかった。休みの日に家族四人で出かけた覚えも皆無であり、私達にとって家族とは、物心ついた時には母と私と妹の美和の三人を指すようになっていた。  母は毎日食事を作り掃除洗濯をし、私達を学校や幼稚園に送り出し、学校行事から近所付き合いといった対外的な役割まで、その全てを女手ひとつでこなしていた。  小さな頃の記憶でひときわ鮮明に残っているのは、母がよく一人で泣いている姿だった。  私がどうしたのと聞いても母は何でもないと作り笑顔を浮かべるばかりで、何の理由も教えてはくれなかった。誰の助けも得られず、たった一人で二人の子供の面倒を見る生活はきっと沢山の気苦労があったのだろう。母はずっと一人で大変な思いをしてきたのだ。  私達が見てきたのはそんな母の後ろ姿だった。父の姿など、数えるほどしか見た事がなかった。  だからこそ、それまではほとんど見なかったお化粧をして、いつもよりちょっとだけ綺麗なお洋服を着て、ウキウキしながら母が出かけて行くようになった頃の事は、とてもよく覚えている。  美和も小学校に上がってそれまでのようにママママとまとわりつかなくなったし、私だって電子レンジを使って食べ物を温めなおしたり、お湯を沸かしてカップラーメンを作るぐらいの事はできるようになった。時間にすればほんの短い間――きっと二時間とか三時間でしかなかったけど、すぐ帰ってくるからねと私達に微笑みかけて出かけていく母の後ろ姿は、何だかいつもよりキラキラと輝いて見えて、そんな母を大丈夫行ってらっしゃいと送り出す自分がちょっぴり誇らしく思えたりしたものだ。  別に母が外に恋人を作ったとしても、私達姉妹にとっては何の不都合も不満もなかった。母と一緒のあの幸せな毎日がずっとずっと続けば、それだけで良かった。  それを壊したのは、父だ。  母が不義理を働いたと言って罪を糾弾し、あまつさえこの家を追い出した。  自分の事は棚に上げて。
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