罪と誇り

4/8
前へ
/8ページ
次へ
 母は確かに父を裏切ったと言えるかもしれない。でも私達は裏切られたなんて一つも思っちゃいない。むしろ私達を裏切り続けたのは、ずっと家庭を顧みようともしなかった父の方だ。  父が母に科した償いの中身が慰謝料なのか養育費なのか知らないけれど、ほんの少し他の男性と仲良くしたぐらいで母が罪に問われるのだとすれば、父が積み重ねてきた罪に対する償いは一体どれだけのものを求めればいいのだろう。  母がいなくなったからとやおら家事を始めてみたところで、なんの気休めにもならない。  しかし、はじめこそ断固として父の作った食べ物を口にしなかった私達の無言の拒絶反応も、長くは続かなかった。  単に背に腹は代えられなかったし、私から美和に、そう強制したせいでもある。 「いい? 今はまず私達が生きるために、食べよう。あの人の作った物も、洗濯した服も、全部気に食わないけど、嫌だけど、でも我慢しようよ。今はとにかく我慢して、あいつにも力で負けないぐらい、私達も力を付けないと」  半分は本気で、半分は嘘。  美和には人並な生活を送り、一人でも生きていけるぐらい成長して貰わないと、いつまで経っても父を殺すという約束は果たせない。  私が父の殺害を先延ばしにしてきたのはそれが理由だった。中学生や高校生になれば、父一人殺すのなんて無理な話ではない。しかしもし、父を殺し、犯人である私が逮捕されたら、美和は独りぼっちになってしまう。  後先考えず、感情に任せて凶行に及ぶわけにはいかなかった。 「お姉ちゃん、最後の一個、食べちゃっていい?」  今となっては美和もまた、なんのてらいもなく父の料理を口にする。  でも、それでいい。  あと数年……せめて彼女が高校を卒業するぐらいになれば、悪戯に過ぎ去ってきたこの歪な父子関係にも終止符を打てる。  別に罪を問われずに済むべく、警察の目を欺くような完全犯罪を……などと目論むつもりはない。寝込みを襲って急所に刃物を突き立てるか、紐のようなもので首を締めるか。  新品のナイフも、頑丈そうなロープもずっと前から用意はしてあるから、あとは時節を定め、さあこれからやるぞという決意だけ固めればいい。迷いを生む障壁になるとすれば、その後たった一人で生きていくであろう美和と今生の別れを告げなければならない、という点だけだ。  私はその気になればいつだって、父を殺せるんだ。             ※
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加