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罪と誇り
私が小学校六年生のある日、母が家を出た。
「あの人は家族みんなを裏切って、他の男の人と暮らす事になった。お前達は捨てられたんだからもう二度と会う事もない。そう覚悟しなさい」
父は私達にそう言った。
「嫌だ。美和お母さんと暮らしたい」
まだ小学校低学年だった美和は泣き喚いたけれど、私には黙ってその背中を撫で続ける事しかできなかった。母が男の人と一緒だという言葉の意味がうっすらと理解できるぐらいには、私は美和よりも大人だった。
「心配するな。お前達は今まで通り生活すればそれでいい。不自由はさせないつもりだ。それに、お母さんにもちゃんと自分の犯した罪の責任は取ってもらう」
全ては母に非がある。
そう言わんばかりの父の言葉を耳にした瞬間、私の胸の奥深くでそれまで感じた事もないどす黒い感情がむくりと鎌首をもたげた。
お母さんが出て行ったのはあんたのせいだ。
私達を置いてお母さんがいなくなったのも、お母さんがよその男の人を選んだのも、全部全部あんた一人の責任なのに。
ともすればほとばしりそうになる感情の奔流をぎゅっと拳の中に強く強く握り潰した。口の中に鉄っぽい苦みがにじむほど、歯を食いしばった。これ以上美和を悲しませるわけにはいかなかった。
必要事項を告げるだけ告げた後、父はいつものように家を出て行った。
それを待っていたかのように、玄関のドアが閉まるや否や、美和は私に訴えた。
「ねぇ、お姉ちゃん教えて。お母さんはもう帰って来ないの? どうして? お母さんは何も悪くないでしょ。悪いのはお父さんでしょ」
「……そうだね。私もそう思う」
「おかしいよ! だったらお父さんがいなくなればいいのに! 罰を受けなくちゃいけないのはお父さんだよ! お母さんだけいなくなっちゃうなんて、絶対おかしい!」
涙で真っ赤に腫らした目の中に、私と同じ怒りの炎が見えて、私の胸は大きく疼いた。
そうよ。真に罰を受けるべきは、父だ。
私達から母親を奪い、妹をこんなにも悲しませたあの男を、絶対に許さない。
私は大きく息を吸い、美和に告げた。
「……殺してやる」
私の口から洩れた言葉は、尖りきったつららみたいに、冷え切った床の上に鋭く突き刺さった。
「今すぐにとは言わない。でも、その時が来たらきっと、私がお父さんを殺す。お母さんを追い出した罰を受けさせてやる。だから美和も、その時までは姉ちゃんの言う事を聞いてね」
美和は神妙な顔で、こくりとうなずいた。
私達姉妹の間で、父に対する殺意が芽生えたのはこの時だった。
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