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『ちょっと!!!』
「ごめん!ちょっと見せて・・ちゃんと返すから!」
と言いながら、彼女の視線はスプリントに一点集中。
手作りであるせいか、彼女は丁寧にそれを取り扱ってくれている。
「桜じゃん!かわいい、コレ。こんなかわいいプリントされた熱可塑性プラスチックあるんだ・・・学校においてあるものなんて無地だもんね。」
『そうなの。あたし、桜が好きだから嬉しくて。』
「真緒をこんなに喜ばせるなんて・・やるな~般若岡崎・・・って、内側になにか掘ってあるよ。真緒、気づいてた?」
『ううん。だってそれ、受け取ってから今、初めて外したもん。』
「・・・エム、アイ、エル、ワイの後にforever・・・?出た!般若岡崎英語!真緒ならわかるでしょ?ずっと岡崎カルテ読んでたんだもん。」
小さな文字だったのか目をしかめた絵里奈が首をかしげながら、手にもっていたスプリントをあたしに、見てみなよと渡してくれた。
『こんなところに・・・手彫りだけど、字、キレイ。』
「ガタイに似合わず美文字だもんね。般若岡崎は・・で、なんかの筋肉の横文字表記略語?」
『M. I LY ・・・そんな筋肉の英語表記略語あったっけ?』
「真緒でもわかんないんだ・・・なんか意味深だよね?しかも薬指とか。」
あたしも気になっていた右手薬指のスプリント
恋愛興味なしのあたしだって
婚約指輪、結婚指輪は左手薬指が定位置ってぐらいは知ってる
でも、絵里奈が気にかけているスワンネック変形矯正スプリントが嵌っているあたしの薬指は右手のほう
それらの指輪の意味とスプリントが嵌められたことをリンクさせるのはちょっと無理があるし、何よりあたしは岡崎先生本人から、好きというなよと告白を制止されている
『あたしの右手の薬指のPIP関節、ちょっと反ってたからかな・・・岡崎先生・・ハンドセラピストとして見逃せなかったのかも・・』
「真緒、それ言い訳じゃん。」
『えっ?』
「岡崎先生が作ってくれた理由を、真緒は誰もが納得しそうな正当な理由にしようとしてる。でも、本当は岡崎先生が薬指にそれを作ってくれた理由、探しているんだよね?」
『・・・・理由・・・言い訳・・・?』
「そう。もう一生懸命、理由探さなくていい。言い訳にしかならない。だから、もうちゃんと声に出して認めていいんだよ。」
あたしのすぐ傍にいてくれた絵里奈にもずっと言えなかった。
あたしの本当の想い
実習生だから指導者のことを好きになるなんて
そんなのあり得ない
そう思い込んでいたから
でも、
「真緒、もういいんだよ。優等生でいようとしなくても。」
今乗っている電車の窓の外で雪が降り始め、いよいよ高山が近づいてきている
それを覚った時とほぼ同じ頃に絵里奈があたしに言ったその言葉で、
『終わっちゃった・・・もう会えなくなるのに・・岡崎先生・・・』
ようやくあたしは自分の正直な想いを絵里奈にこぼした。
「真緒、やっぱり好きだったんだね、岡崎先生のこと。」
『・・・うん。気がつくのが遅すぎた。』
「人を好きになるのに、遅すぎるとか早すぎるとかないよ・・」
『でも・・・』
「それに距離が離れたからって、立場が違うからって、そんなの関係ない。好きという気持ちが自然に消滅するまで勝手に好きでい続けるのは自由なんだから!」
『うん、簡単にはあたしの好きは消えない・・・』
「だから、真緒の今のその気持ち、大事にしようよ。岡崎先生はいい男だから。最高の男を見つけた・・・それを見抜いた真緒の目は間違いない!」
『うん、頑張る!』
初めて好きになった男が最高の男
恋愛でも頼りになる絵里奈先輩のその誉め言葉を
信じてみよう
岡崎先生を好きになったことを
後悔するのではなく
最高の男を好きになることができたって自分の自信にするんだ
そうしたら
あたしの中で岡崎先生はいい想い出としてずっと居続けてくれる
そんな恋
しかもそんな初恋も
悪くない
「よし、今日までの頑張りと実習合格とこれからのあたしたちの未来の成功を祈って乾杯だ!」
あたしと絵里奈は駅のコンビニで買っておいた、ちょっとぬるくなり始めたグレープフルーツ酎ハイで今日までの自分達への労いと明日からの自分達への応援の気持ちを込めて、めいいっぱい泣き笑いながら乾杯をした。
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