第3話

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第3話

 女が遥か未来の世界からここへやって来たという事実を理解して受け入れるには、僕の頭の容量が足りないようだった。人間が月へ行った事はお伽話や神話の類ではなく、一つの歴史的事実として女は認識していた。そして、“蛍”の事も説明してくれた。 「あれはね、昔の文明で使われていたエネルギー源の一つだよ。そのエネルギーを消費すると、消費した分のエネルギーがまた何処かで生まれて、蛍のように光りながら辺りを漂うの。私にはその“蛍”の仕組みも、昔どんな風に使われていたかも、どうして今も村を漂っているのかも分からないけどね」  僕は女の話を全て信じているわけではなかったが、女が僕と同類のようにも思えた。何もかも諦めたかのような、悟ったような表情をして、それでも愛に飢えてる。女がどんな時代のどんな村で生まれ育っていようと、女が一人ぼっちである事は同じだ。  僕にも家族がいない。父は元々いなくて、母は僕が幼い頃に病気で死んだ。その後、僕は悪い人に拾われた。悪い人の家には、何人かの子供がいた。子供達は悪い人のお手伝いをして、その日の食事と寝床を確保した。新入りの僕を気遣ってくれた優しい兄のような人がいた。彼は優しくて強かったが、ある時仕事に出かけたきり戻って来なかった。悪い人は、彼が死んだと言った。それから僕はずっと一人だった。  そんな話を女にしてみた。女は、僕の目を見て頷きながらその話を聞いた。 「やっぱり、私達の飢え方は似ているね。私達は一人ぼっち。だから、ここに引き寄せられたんだと思う。結び屋は、きっとそういう場所なんだよ」  結ばれるべき、愛し合うべき二人が時を超えて出逢うなんて、それこそお伽話のようなロマンチックな結ばれ方だが、店主が言うには、ここで結ばれた人は消えるという。その意味が分からなかった。ここではない、知らない場所に連れて行かれるのだろうか。それとも、言葉の通り忽然と消えたしまうのだろうか。つまり、死んでしまうのだろうか。 「ここを出てみよう。君と結ばれるのもいいと思うけど、訳も分からずに消えたくはないからね」  そう言うと僕は女の手を取り、出口へと向かった。出口の前には、店主がいた。 「お二人とも、出発ですか。もう少し長居してもいいのですよ。ここを出たら、その瞬間に消えてしまいますからね」 「消えるとはどういう事ですか」  不思議な事に、目の前にいるのに店主の顔ははっきりと見えなかった。店主の方を見て、女が言った。 「ほら、やっぱり女の人じゃない」 僕にはどう見ても男に見えた。顔は見えないのに、男だと思った。声も男である。僕達のやり取りを見て、店主は笑った。 「私は男でもないし、女でもありません。死ぬ運命にある孤独な二人をここで引き合わせて、愛を創るのが私の仕事です。私はあなた達そのものであり、ある意味で鏡のようなもの。だからソウさんには私が男に見えるし、お嬢さんには私が女に見えるのです」  名前のない未来人に出会ったかと思えば、今度は何者なのだ。愛を創る者と言えば聞こえはいいが、僕は思った事を素直に聞いてみた。 「あなたは、死神ですか」
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